『NHKスペシャル』で放送された「読書をすると健康寿命がのびる」ってホント!? 東大教授に聞いてみた!
更新日:2019/1/15
「本が大好き!」というダ・ヴィンチニュース読者には朗報、かもしれない。10月放送の『NHKスペシャル AIに聞いてみた どうすんのよ!? ニッポン 第3回「健康寿命」』では、「健康寿命をのばすには、『運動よりも食事よりも、本や雑誌を読むことが大事!?』」という画期的な提言があった。イェール大学の研究でも、本を読む人のほうが、性別や健康状態などに関係なく長生きできるという。本や雑誌を読むと、健康寿命がのびる、長生きできる──それってホント!? ということで、番組にも出演されているデータサイエンスの専門家で東京大学教授、以前は経済産業省の官僚としてさまざまな社会問題と向き合ってこられた坂田一郎氏にお話をうかがった。
■そもそも“データサイエンス”ってなに?
番組では、AI(人工知能)を使って、高齢者41万人の生活習慣や行動のデータを分析。データの中から、健康寿命につながりのある項目を見つけ出し、それらの因果関係を人間が読み解いた結果としての提言が、「運動よりも食事よりも、本や雑誌を読むことが大事!?」というものだった。
まずは、この提言を導き出したAIと、AIを使ったデータ分析について坂田教授に聞いてみよう。
──坂田教授が、AIを使ったデータ分析=データサイエンスに注目したきっかけは?
坂田一郎(以下、坂田) 私がこの分野に興味を持ったきっかけは、ネットワーク科学に触れたことです。
ネットワーク科学というのは、ある出来事と別の出来事がどうつながっているか、人間の関係性がどうやってでき上がっているかというような、物事のつながりを分析する学問ですね。どのようにつながっているかというエビデンス(根拠)をもとに、それらのあいだにある因果関係(原因と結果のつながり)を推測します。
つながりだけで因果関係がすべて見えるわけではありませんので、たとえば、生物のつながりを考えるときには生物に関する知見を、人間のつながりを考えるときには人間に関する知見を合わせて因果関係を表現するのですが、これが非常におもしろくて。この分野に引き込まれてしまいました。
現在、私の研究室では、ネットワーク科学と機械学習(AIを使ってデータを分析し、人間が行なうような学習をコンピューター[機械]でも実現しようとする研究課題)の組み合わせというアイディアで特徴を出し、研究を進めています。
例を挙げると、みなさんには、クラスなどの人間関係の中で、真ん中のほうにいるのか端のほうにいるのか、真ん中のほうにいたとして、他のグループとつき合いがあるのかないのかといった「立ち位置」がありますね。この人的なネットワークコミュニティーの中での「立ち位置」は、数字で表現することが可能です。その数字を特徴量として、機械学習により将来を予測するようなことをしています。
あくまで仮想的なたとえですが、今回のテーマとさきほどの例を組み合わせて言うと、クラスや学校といったコミュニティーの中でのみなさんの立ち位置と、本が好きかどうかという要素には、なんらかの関係がありそうですね。クラスの中心にいるような子は、本もたくさん読んでいるのではないかと私は考えています。
──実際の世の中では、データサイエンスがどのように生かされていますか?
坂田 みなさんはおそらく、アプリのダウンロードをしたことがありますよね。AppleのApp Storeにはすごい数のアプリがありますが、そのすべてを見る人はほとんどいないでしょう。基本的には、推薦されたアプリの中からダウンロードするものを選んでいるはずです。推薦がなければ、たとえば1万個あるアプリの中からひとつを選ぶことになり、これは大変困難ですが、アプリの推薦で選ばれた10個のうちからなら、ひとつを選ぶこともそう難しくはありません。
こうした推薦には、基本的には機械学習が使われています。AIが、みなさんのアプリのダウンロード履歴や閲覧履歴、それから最近人気のあるアプリといった全体的な傾向を組み合わせ、みなさんがダウンロードしそうなものを予測して、結果を推薦しているんですね。電子書店などでも、推薦やレコメンデーションという言葉を見かけたら、その背景にはAIがあることが多いと思います。みなさんのまわりにも、知らないあいだにAI研究の成果が浸透しているんですよ。
ただし、同じく電子書店のサイトなどでよく見る「この本を買った人はこんな本も買っています」という表示は、AIでなにかを予測しているわけではなく、単に事実を言っているだけです。AIによる予測は、「予測」ですからはずれることもありますが、事実は100%正確なもの。かならずしもAIによる予測のほうが優れているというわけではなく、事実は事実で、単純ですが意味があるんです。
──AIが得意なこと、苦手なこととは?
坂田 さきほどお話ししたことのほかに、AIには、もうひとつ得意なことがあります。それは、碁や将棋のようにルールが決まっているもの。ルールどおりに予測すればいいだけなので、AIの得意分野です。ところが、世の中にはルールが不明瞭なものもたくさんありますよね。私たち人間にも突然気が変わることがありますが、そのようにルールが明確でないものは、絶対的に不得意です。
そして、一番難しいのは、100%の精度を求められるもの。さきほどのアプリの推薦などは、最終的に、人間が「10個推薦されたけれど、これには興味ないな」などと判断を下しますよね。そういうタイプの予測であれば、精度が100%でなくてもかまわないのですが、予測結果をそのまま実行するような判断──たとえば、昔、本学のある先生が、船の自動接岸に挑戦されたそうなのですが、10回に9回成功しても、1回失敗して岸壁に当たるのでは、実際には使えません。実行までに人間の判断が入らないものは、苦手というか、要求される水準がとても高いんですよ。
■AIの発達で“売れる本のネタ”がわかる!?
──AIの発達によって、作家がいらなくなるのではという話も聞きますが……?
坂田 まず、作家さんがいらなくなるかどうかという話をする前に、一般的に、なくなる職業があるから失業するということは、かならずしも言えないと思います。インターネットが登場したときも、同じ問題がありました。インターネットという新しいツールができたことで、単にモノを送るだけとか書き写すだけといった、古いツールが担当していた仕事はなくなりましたが、それ以外にもっと高度な仕事が生まれていますので、差し引き、過去の歴史においては、仕事は増え続けてきたのではないかと思います。
そういった状況で、作家という職業の話をしますと……言葉を選ばないと怒られてしまいそうですが(笑)、同じようなパターンの物語をたくさん書いていらっしゃるような作家さんは、影響を受ける可能性がありますね。パターン化できる作品は、AIを使って作りやすいんですよ。碁や将棋と同じで、小説の書き方をルール化し、ルール化したものにノイズを入れて、バリエーションをつける。観光ガイドなども、純粋に事実関係が書いてあるものですから、代替される可能性が高いのではないかなと。
その一方で、より創造的な本を書かれる方も増えそうですが、そういう方にとって、AIはとても便利なツールになります。自分が考えているテーマに合った文献を探すというシーンで、これまでは時間をかけて探されていた資料を一瞬で探すことができれば、書くことに集中できますよね。そういったプラスの効果もあると思います。
──売れそうなネタを予測できるようにもなるのでしょうか?
坂田 たとえば音楽業界で、「こういう楽曲はヒットする」というのはすでに理解されていると思いますが、本についても、どういうものが売れるかについて、AIによって、しかも1ヶ月など短い期間での解析が実現するなら、作家さんはそれに合った本を書けば売れる可能性は高くなる。こういったことが行われるようになる可能性は、非常に高いと思います。読者から見るといい面もあるのですが、一方で、本の内容の多様性はなくなりますので、マイナス面もそれなりにありますね。実際に、私たちが扱っている学術論文の世界では、「こういうテーマなら多く引用を集められそうだ」という予測はすでに行われていて、そういったテーマにみんなが集中しています。それが本当にいいことかどうかは、また別の話ですけれどね。
■読書は、個人の健康寿命から日本の未来にまで好影響!?
──AIによる分析の結果、「本や雑誌を読むこと」と健康寿命のつながりには、他の要素とは違う特徴が見られましたか?
坂田 番組で行った分析では、「読書」というものが、健康な人に特徴的なさまざまなファクターととても相関が高く、一方で、健康ではない人に特徴的なファクターとはほとんど関係がないという結果が出ました。もちろん、それだけで因果関係がわかるわけではないのですが、ここまではっきりと特徴が出るものは他にほとんどありませんので、ある程度は、「読書をすることは健康寿命をのばすこととつながっているんだ」と納得できる結果なのではないかと思います。
実は、分析結果からは、「読書」と「健康寿命が長い」という要因が相互に関係しあっているということがわかるだけで、その因果関係(原因と結果の関係)はわかりません。すなわち「本を読むから健康的でいられる」とも「健康的でいるから本が読める」とも言い切ることはできないので、そこを人間が読み解くのです。しかし、このことを逆に考えると、本を読む人は健康的でいられるし、健康的でいられるからこそ本を読むという、双方向のループもありそうですね。
──読書が健康寿命に及ぼす効果としては、どんなものが考えられますか?
坂田 大きくわけて、ふたつあります。ひとつめは、読書をする人というのは、ものを考えたり、新しい興味を持ったり、それを誰かに伝えたりしているでしょうから、そういった活動を続けていることは、健康に直接いい影響があると考えられますね。
また、ふたつめは、番組でも図書館を取り上げたように、社会とのつながりを保てる点です。とくにお年寄りになると、他に出かける場所があまりなくなってしまいます。外へ出て、みんなが集う場所に行って本を読むというのは、非常にいい効果があるのではないでしょうか。ソーシャルインクルージョン(社会的包容力:すべての人々と、社会の中で助けあって生きていこうという考え方)は、学問上も重要なファクターだと言われています。この点については、今回の調査から直接わかることではなく、収録の場で議論されたことですが、私も同意見です。
それから、これは番組では言及しなかったのですが、私、荒川区の教育委員としても本に関わっています。荒川区は2年ほど前、「ゆいの森あらかわ」という大きな図書館を開館したのですが、ここには、カフェや談話できるスペースもあって、週末ともなると、お子さんからお年寄りまでいろいろな世代で賑わっている。そういった現場を見ていても、とくにお年寄りの方々にとって、社会とのかかわりを持つということは、大変よい方向に働くのだろうなと思います。
また、医学系ではもっともインパクトのある雑誌のひとつ、『ランセット』に掲載された論文には、将来、認知症にならないために大切な要因として、子どものころに良い教育を受けているということも指摘されていました。きちんとした教育の重要な側面として、やはり読書というものは欠かせないのではないかと思います。
──坂田教授は、以前から「本を読むこと」に注目されていたのでしょうか?
坂田 「本を読むこと」に注目することになったひとつのきっかけは、アメリカの大学院に留学していたときの経験です。アメリカの大学は図書館をとても大事にしていて、「この学校の図書館には150万冊本がある」といったことを、垂れ幕で大きく示しているんですね。図書館というのは、彼らにとってすごく大切な場所で、そこにどれくらいの本を置けるかというのが、知的な場所としてのステータスになっていたんです。日本の大学では聞いたことがない話だったので、アメリカでそういう考えに接したことは大きかったですね。
もうひとつは、荒川区の教育委員として、子どもたちがいかに本から刺激を受けているかを実感したことです。荒川区は、「読書を愛するまち・あらかわ」を宣言するなど、読書の普及に力を入れていますが、読書感想文のコンクールも応募者が非常に多いんですよ。私も毎年、選考に携わっていて、ファイナルに残った読書感想文を読ませてもらうのですが、「小学生でこんなにすごい作文が書けるの?」という感想文もたくさんありますよ。本を読むことで、物事を他の人がどんなふうに感じるか、つまり、他人を感じる心、社会を感じる心も養われているように思います。
教育の現場から読書の効果だけを取り出して見ることは非常に困難ですが、少なくとも、学力テストの結果などは、区全体としてよくなってきています。先生方の努力はもちろんあると思いますが、学力が向上する中で、小学生がたくさん本を読んでいるという実態はありますね。
──どんな本や雑誌を読むことが、健康寿命をのばすことにつながりそうですか?
坂田 本や雑誌の内容については調査をしていないのですが、それぞれの人には興味・関心というものがあるので、それに依存する程度が高いとは思います。やはり、それぞれの人にとって、興味や関心をかき立てられるような本が、その方にとっていい本だと言えるのではないでしょうか。
紙の本がいいか電子書籍がいいかということに関しては、その本だけについて見ると、余り差はないと思います。ただ、本を選ぶとき、図書館と書店、電子書店では、違いが出てくるかもしれませんね。
開架式の図書館であれば、本はテーマに関するものが新旧関係なく並んでいるので、その中から選ぶことになります。選択の幅も広いですね。一方、書店では、新旧の「旧」はほとんどなくて、新しい本、流行の本が集中的に目に入りますね。WEBサイトは、自分の興味で本を探せますので、使い方によっては図書館寄りにも書店寄りにもなりそうです。本を探すこと自体も楽しめるようになれば、本単体を超えていいことですよね。
私も、駅前の本屋さんに週に3回は立ち寄ります。どんな本を選ぶかは、その日の気分で違っていて、疲れているときは軽く読める本を手に取ることが多いです。さきほどお話しした、AIで作りやすそうな本ですね(笑)。仕事から離れて考えたいときは、歴史の本を読んでいます。
──番組中では、「病院を建てるより図書館を建てるほうがお金がかからない」「司書を全校に配置するとしても、健康医療に比べれば少ないコストでできる」といったご意見も。読書は、個人の健康寿命のみならず、日本の未来にも影響を及ぼすのでしょうか?
坂田 今、医療費の増大は、日本の深刻な問題になっています。そんな中で、「病院がお年寄り同士の会話の場になっている」ということが一時期言われていました。そうであれば、行くところは病院でなくてもいい。むしろ、図書館で会話やお茶もできるようにすれば、図書館のほうが楽しいですよね。図書館は、病院に比べると桁違いに安いコストで運営できますので、同じことをするのであれば、図書館のほうが断然コスト効率がいい。本に囲まれた空間は居心地もよく、健康かつ幸せを味わえる環境だと思いますね。
それから、荒川区の場合は全校に学校司書を置いていますが、こちらも、司書さんをひとり置く以外に必要な経費は本の購入費くらいですから、医療と比べると段違いに低いコストです。さらに、荒川区では、「街なか図書館」の整備を進めています。大きな図書館ができたので、次は小さな図書コーナーを、区内の人が集まるいろいろなところに置こうという活動です。これは車社会のアメリカではなかなかできないことですし、そもそも日本人は、基本的に本に親しみがある国民性なのだと思います。こんなに本屋さんの密度が高い国って他にないんですよね。
現在、図書館を作るにあたっては規制などもなく、今回の議論をどう生かすかは、地域のみなさんがどれだけ共感できるかで決まってくるように思います。日本人がますます本に親しんで、幸せに健康寿命をのばしていけるといいですね。
取材・文=三田ゆき