『日本野球をつくった男』――広島カープ初代監督・石本秀一の猛烈苛烈な野球人生!
公開日:2018/12/21
石本秀一は日本球界において、多大な実績を残した選手、監督である。特に監督としては、当時の中等学校野球、即ち現在の高校野球とプロ野球、両方の舞台で頂点を極めた稀有な人物であった。
こうした実績の割に、現在の一般的知名度は高いとは言いにくい。それは高校野球で栄華を極めたのが90年以上前、プロ野球の指揮官として最も華々しく活躍したプロ野球の黎明期が70年以上前という時の流れの影響も大きいだろう。高校野球の世界では名門・広島商の監督として同校の夏の甲子園初優勝を達成するなど、全国制覇に導くこと計4度。プロ野球の監督としては、大阪タイガース、つまり現在の阪神タイガースの二代目監督としてチームを初優勝に導くなど優勝は2度。「ダイナマイト打線」を形成するなど強力打線を武器に巨人と繰り広げた首位争いは、いわゆる「伝統の一戦」の始まりとなった。
これだけ書けば、石本がいかに重要な人物であるかがわかっていただけると思う。
前置きが長くなってしまったが、そんな石本の生い立ちから晩年に至る激動の一生を、克明に浮かび上がらせたのが『日本野球をつくった男――石本秀一伝』(西本 恵/講談社)である。関係者の証言と現存する資料から、丁寧に歩みを追う構成自体は非常にシンプル。ただ、その証言を集める取材は10年もの長きにわたり、参考資料に至っては、もはや本書がそのまま石本にまつわる関連書籍の目録になるのではないか、と感じるほどに膨大な量。地道に積み重ねられた作業の前に、生半可な奇手は及ばないことを痛感させられる作品である。
そして、このタイミングで石本秀一関連書籍の決定版ともいえる本書が刊行されたことは、彼を“再発見”するうえで非常に意義がある。石本の球界における数々の仕事のうち、確実に3本の指に入るであろう仕事が、現在、強さと人気で黄金期を迎えている広島カープの初代監督であったことなのだ。
広島カープといえばプロ野球球団の中でも親会社を持たない「市民球団」として誕生し、それ故に誕生からしばらくは資金難とそれに伴う成績低迷に苦しめられたことがよく知られている。本書には初代監督として奮闘した石本の活動を通して、カープ創成期の「受難」が残酷すぎるほどリアルに描かれている。石本が監督になったはいいが選手がいない、必死に選手をかき集めたら今度は給料が払えない、遠征試合が決まってはいたが、会場に向かう旅費がないといった、今では信じられない「ないない尽くし」だったカープの実態は、正直「ここまでひどいものだったのか」と驚かされる。ただ、そんな問題を石本が次々と斬新なアイデアと行動力で解決していく様子は爽快でもあり、まだ日本ではほとんど知られていなかったであろうヨーロッパのサッカークラブ的なチーム運営や現在のようなファンサービスが既に頭にあった彼の先見の明には感嘆の一言である。
そう、石本秀一という人物の最大の魅力は「先進性」。たとえば広島商の監督としてアメリカ遠征をした際に、アメリカへと渡る船での選手の食事の様子を詳細に記録、遠征試合での結果との相関関係に注目していたエピソードなどは、1人だけ現代からタイムスリップしていたのではないか、と思わされる。とにかく、こうした話がいくつもある人物なのだ。
日本の野球黎明期から成熟期を、八面六臂の活躍で駆け抜けた石本秀一。その一生は、一挙手一投足が、そのまま日本野球史の貴重なワンシーン。カープファンのみならず、高校野球を中心とするアマチュア野球ファンからプロ野球ファンまで、野球好きであれば是非知ってほしい野球人である。
文=田澤健一郎