「ただ好きで、他に代わりがないだけです」 舞城王太郎が描く思春期の恋物語

文芸・カルチャー

公開日:2018/12/23

『私はあなたの瞳の林檎』(舞城王太郎/講談社)

 自分の私生活が荒んでいるからか、舞城王太郎さんの新刊『私はあなたの瞳の林檎』(講談社)のピュアさにひどくあてられてしまった。収録されている3編「私はあなたの瞳の林檎」「ほにゃららサラダ」「僕が乗るべき遠くの列車」は、いずれも読者を思春期の感情に引きずり込むストレートな恋物語。代わりのない「好き」や、憧れの人と付き合うむずかしさ、この世を生きる「価値」…あの頃ぐるぐると悩んだあれこれに、もう一度主人公たちがぶつかっていく。

 表題作「私はあなたの瞳の林檎」は、中でもひときわ真っ直ぐな短編。主人公の戸ヶ崎直紀は、クラスメイトの鹿野林檎に「好きだ」と言い続けているのだが、なかなかその本気は伝わっていないようで、いつも告白を断られている。そんな戸ヶ崎の初恋を、友人の姉は「本物の恋愛だとは信じらんない」と言い放つのだが、彼は「ただ好きで、他に代わりがないだけです」とゆずらない。果たして、その思いは実るのか?

「ほにゃららサラダ」の舞台は、才能ひしめく美術大学。1年生の松原は、いい作品を見分けられるだけの凡人で、「あ~こんなの美術史に絶対残んないな」と本気で思いながら日々の課題をこなしている。そんな彼女が恋をした相手は、自信家で口は悪いものの、“本物”の作品を生み出し続ける高槻くん。彼女は、憧れの彼との生活を楽しみながらも、次第に実力の違いや恋愛の温度差に悩むようになり…。お互いの感情がすれ違う切なさに加え、ものを作る人たちへの強烈なエールも込められている。

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 これまでの2作は文芸誌『群像』に掲載されたものだが、最後の「僕が乗るべき遠くの列車」は書き下ろしだ。主人公の倉本は、全てが「あっても無くてもいい」という価値観を持つマセた中学生。日々の生活の中で感じる「素敵だ」「楽しい」といった感情が本物であると認めながらも、それ自体が価値を持つわけではないと考えている。そんな彼に「そんなの寂しいやんか」と声を掛けたのがクラスメイトの菊池鴨だった…。傍からみればめんどくさい主人公だが、誰もが彼と同じように“生きる価値”を疑ったことがあるはず。作品を読み終えたとき、力強くその価値を肯定できた。

 大人になった私たちは、悩みから目を背けるすべを身に着けている。「そんなの考えるだけムダ」と決めつけて、目の前の現実を生きようとする。でも、本作に登場する3人の主人公たちは、自分の内側にある感情を見て見ぬフリしない。まわりの空気なんて読まずに、答えが出るまでとことん突き進む。そんな彼らの思春期っぷりを追体験していると、まだまだ愚直に生きていいんだと思えてくる。

文=中川 凌