【本当はこわい日本のしきたり】てるてる坊主は見せしめに殺された◯◯◯だった!?
公開日:2019/1/2
わたしたちの日常生活に根付いている、日本のしきたり。『本当は怖い! 日本のしきたり 秘められた深い意味99』(平川陽一/PHP研究所)では、風習、年中行事、冠婚葬祭などにまつわる99のしきたりに隠された意味がまとめられている。本当は怖いしきたりの起源や意味を本書からいくつかピックアップして紹介しよう。
■「畳の縁を踏んでいけない」のは命を守るため?
畳の敷かれた和室に入ったときに、「畳の縁は踏んではいけない」と言われたことはないだろうか。私は子どものころにそのことを知らず、祖父に怒られたことがある。「踏んじゃいかん」と注意されたものの、なんでダメなのか言ってもらえず不思議に思ったものだ。
なぜ畳の縁を踏んではいけないのか、それにはいくつかの理由があるという。まずひとつめは、畳の装飾。畳はイグサを編み込んで作られた「畳表」と呼ばれる敷物で板材をおおい、その縁には「畳縁(たたみべり)」という帯状の布が縫いつけられている。畳縁には畳表を留める役割があるのだが、そのほかにも装飾の意味がある。たとえば、おしゃれな模様があしらわれていたり、その家の紋を入れたりする。だから、畳の縁を踏むことは家紋を踏んでしまうということでもあり、行儀としてNGというわけだ。また、畳の縁は表面よりもわずかだが高い。畳の上を歩くときに足を引っかけないように、縁を踏まないのは安全のためでもあるという。
さらに、かつて武士たちが活躍していた時代には、命にかかわる話もあった。忍者や刺客といった曲者たちが武家屋敷に忍び込み、ターゲットの命を狙うときだ。床下にかくれて、ターゲットが畳の上を歩いている際に、下から刀や槍で殺傷するということがあった。そのときに利用されたのが、畳の縁。畳の縁と縁との境目に刀を差し込み、ターゲットを刺殺したのだ。
ほかにも、畳の縁は「結界(定められた聖域)」という説もある。いまでは和室に畳が敷き詰められているが、かつては権力者の座る場所にだけ畳が敷かれ、その場所以外は板敷だったという歴史がある。畳の縁には分け隔てる目印という意味もあり、そこを踏むのは「タブー」とされたのである。
■「てるてる坊主」の起源は残酷だった?
幼稚園や小学校の遠足のまえには「明日天気にしておくれ」と歌いながら、てるてる坊主を作ったことはないだろうか。子どもたちがてるてる坊主を軒先に飾っている光景は微笑ましいが、実はこわい由来がある。
かつて大雨が降り続き、困り果てた国があった。「誰か、雨が降りやむ方法は知らないか」という為政者の声に、ひとりの僧侶が名乗り出て、雨を止ませる経を唱えた。しかし、いつまでたっても雨は止まず、「嘘つき」として僧侶は首をはねられ殺された。そして、その僧侶の首を布に入れて吊るしたところ、雨が止んだという。
また、てるてる坊主は中国の「掃晴娘(そうせいじょう)」の伝説が由来ともいわれている。昔、中国に大雨が降り、いつまでたっても止まない。晴娘という美しい女性が空に向かって雨が止むようにお願いした。すると、彼女の耳に「命を差し出せば雨は止む。だが、拒めば雨は降り続き、大惨事をもたらす」という天の声が聞こえた。晴娘は迷った末、天の声を受け入れ死を選ぶと、雨はぴたりと止んだ。晴娘をしのび、人々は晴娘に似せた人形を作った。僧侶にしろ晴娘にしろ「生贄」のようなもので、自然の猛威に人々がどれほど思い悩み、抗えなかったかがよくわかる。ちなみに、童謡のてるてる坊主の3番目の歌詞には「そなたの首をチョンと切るぞ」という歌詞がある。
意外と知らない、不思議で怖い日本のしきたり。本書を読めば、当たり前にあった日常が違ったふうに見えてくることだろう。
文=なつめ