【出版社の新たな挑戦】お客様は企業の人事部!? かんき出版が手がける「教育事業」とは
公開日:2019/1/23
「出版記念に著者セミナーを開催」というのはよく聞く話だが、ビジネス書籍・実用書を手がける専門出版社・かんき出版では、著作をベースにした「教育・研修」事業がすでに会社の大きな柱になっているという。確かにHPのトップ画面は「出版」と「教育・研修」の2つに大別。しかし、出版社がここまで大きく教育事業を打ち出すとは、一体、どういうことなんだろうーー疑問に思ったダ・ヴィンチニュース編集部はかんき出版に直撃取材。「書籍」をコンテンツにした新たな挑戦の仕組みを、山縣道夫教育事業部部長にみっちりお聞きした。
●はじまりは手弁当の勉強会から
――最初はどのように始まったんですか?
90年代初頭に「人事マーケティング研究会」という小さな勉強会を当時、編集部員だった現在の常務が立ち上げたのがそもそもの始まりです。ちょうど顧客満足度(CS)が注目されはじめた頃で、大企業を中心に10社ほどの課長さんたちがあつまって「人事にとってCSはエンプロイヤーサティスファクション(ES)だ」と造語を作り、経営学や心理学、コンサルタントの先生たちを講師として招き、「社員に寄り添った人事のあり方とは?」を模索する会でした。当時、大手研修団体も同じような人事担当者を集めた勉強会を始めていましたが、会費が弊社とは1ケタ違うほど、社内で稟議が必要な高額の会だったのに対し、こちらは有名な先生に来ていただいても1回の参加費が2万円程度。当時は課長さん本人の決済で気軽に参加できるこじんまりとした研究会でした。もちろん弊社は利益度外視。講師の先生方も参加企業のメンバーたちの志を意気に感じてくれて謝礼は最低限、参加メンバーの企業の会場をお借りするなど、かなり手弁当な感じの会でした。
――それが「教育事業部」の母体になったんですね。
この研究会は4年足らずで解散となるのですが、その後も、人事や人材育成の担当者、そして人事がらみのさまざまな専門家とのつながりは続きました。人事の方の話がヒントになって、専門家の方が弊社の著者になる、そんな書籍企画もいくつも生まれました。このような時間があったからこそ、弊社の著者のコンテンツを活用して人事のお悩みを解決する、社員の人材育成のお役に立つサービスを提供する、そんな事業ができるのではないかと思いたったわけです。「著者のコンテンツ→企業の人事→社員の人材育成」、書店さんではない場所で、著者のコンテンツを、必要としている人のところに確実に届ける、こんなことができたら素敵だなと思ったのが、事業化の始まりだったと聞いています。
――事業化ということで、内容は刷新されたんですか?
大きな柱は2つです。一つは実際に講師が企業に出向いて「講演」と「研修」を実施。講師の考えているテーマを伝えるのが講演で、その内容を咀嚼して、どう行動に結びつけるかというのをアクションラーニング的にしたものが研修になります。
もうひとつは「かんきビジネス道場」で、いわゆるeラーニングです。当時はようやくビジネスパーソンに一人一台のPCが普及して、ネット環境が整ってきた頃でした。
――どういう内容だったんですか?
弊社の書籍を読んで、インターネットで演習を解くというものです。書籍が参考書、ネットで演習に取り組み、セミナーやリアル研修が応用になる流れですね。通常の研修はいきなり講師が来て始めるので、「この忙しいのに」と受講者から人事に文句が来やすいし、受ける人の知識レベルもバラバラで研修効果が非効率な面がありました。本を読んでネットで演習することで、ある程度の知識レベルを揃えられるし、そこからリアルな研修につなげたほうが効果も高くなります。
ただ、どんどんネット環境は変わっていくので、現在は「データで納品してほしい」というニーズに応えて動画ソフトを納品するやり方に変え、コンテンツの形態も変わってきています。最初に書籍があるのは同じですが、さらに著者が伝えたいことも含めて動画にして、さらに著者が体験をまじえてリアルな研修で語る、といった感じです。
●顧客目線の無料セミナーで起死回生
――ここにくるまで、一番苦労したこととは?
なかなか売り上げがついてこないので、事業部として軌道に乗るまでに時間がかかりました。編集にはコンテンツがあるのに、教育のほうにそれを渡していけていないというジレンマに解が見つからない。10年は赤字でしたが、経営陣の理解もあって、それでもやめなければ絶対に成功すると続けました。
「出版社が教育サービスをやっている」という認知が圧倒的に低くて、なかなかうまくいかないんです。当時は法人への電話営業が中心でしたが、「本を読んだら、この著者の先生の話を聞きたくなりますよね」という一言は伝わるものの、受注にまではいたらない。その後、2013年からはじめた無料セミナーがうまくまわるようになり、大口のお客様だけでなく、長期のコンサルテーション的なこともできるようになりました。
――無料セミナーはどんなものなのでしょう?
新規の会社様を中心に20人くらいの人事担当者を集めて、月に2、3回やっています。著者を先生に、その先生の考え方、教え方を伝えるデモンストレーションのような場ですね。やはり人事の方に先生ご本人を直接みていただくと納得していただけます。
――無料セミナーの講師の方は、新刊を出されたとか初出版とかいう方が多いのでしょうか?
そんなことはありません。我々教育事業部のメンバーが「こういうテーマのニーズがこれからくるだろう」と思うことや、「こういうテーマで探している」ということを部内で話し合ってテーマを決め、それならばこの先生にお願いしよう、となります。
かつてはプロダクトアウト的というか、書籍と研修の連動性が今以上に高かったんです。それはそれで時代的には正解でしたが、ここ5、6年でお客様のニーズが本に対するものと教育に対するもので変わってきました。それで教育事業部も考え方を変えて、セミナーを導入したのです。
――考え方を変えたポイントとはなんでしょう?
「この書籍の研修いかがですか?」という書籍ありきの提案から、お客様の要望に答えるというスタンスに変えたんですね。それならいろんなテーマでまずはやってみようと始めたのが無料セミナーでもあります。お客様の関心がどこにあるかを探りながら、話のとっかかりを作っるきっかけにしています。
●出版社ならではの強みとは?
――編集サイドと「こういうトレンドが来る」と協働することはありますか?
合同企画会議のようなものはありませんが、とはいえ情報は共有していますし、我々もその中で顧客ニーズとマッチングしてテーマを決めています。やはり出版と教育ではマーケットのニーズが違うんですよね。出版はBtoCですからあくまでも個人目線ですが、教育はBtoBでそうではありません。たとえば最近の「働き方の見直し」のテーマにしても、「生産性をあげる」という本は売れても、「残業をしない」「女性活躍推進」といった本はあまりありませんよね。でも企業としては、育休後、復職して働いてもらいたいから、そのあたりを啓蒙とともにノウハウも伝えなければならない。こうしたニーズの乖離というのが当然あるわけです。
――企業向けに個人向けの本を読み替えていくことに著者も協力してくれるわけですね。
そうですね。やはり著者も書籍の言葉と研修で伝える言葉を少し変えていらっしゃいます。実は昔のビジネススキルはほぼ一緒で、「ロジカルシンキング」など本に書いてあることと講師が話すことは一緒でしたが、今のように「意識を変えましょう」とか、「ダイバーシティ&インクルージョンでやっていきましょう」みたいな話では、最新の動向も常に必要ですし、当然変わってきます。
――顧客に対するコンサル営業ができるようになったとのことでしたが、各社に担当がつくのでしょうか?
基本はそうしています。お客様の課題よりリアルで具体的な言葉にしていくための話し合いが必要です。いきなり著者が出て行くのではなく、我々のような立ち位置の人間が間に入ったほうが、お客様のニーズにあったご提案もできますから。
――研修後のアフターケアはどのように?
我々が目指しているのは、次なるお客様の課題をお客様と共有すること。受講者の満足度をアンケートでみたり、人事の方の考察をお聞きしたりして、「じゃあ次はこういう形でフォローをいれましょう」とか、別の課題がみえてきたら「じゃあこういう形で企画を考えましょう」とフォローしていきます。おかげさまでリピート率が90%以上といううれしい反応をいただいています。
――それはすばらしいですね。お客様の立場でニーズを探るほかに、秘訣はありますか?
やはり著者の先生がメインですので、その信頼関係はなにより大事ですね。みなさん熱い思いをお持ちで、誠実な先生ばかりです。実際、そういう方たちとでないと気持ちをあわせて仕事はできないですから。基本的に人に寄り添えて、教え方も上手で、だから絶対リピートはかかるよね、と。たとえばもし先生が伝えたいことにお客様がひっかかりを持った場合があれば、我々がお客様とすり合わせをすることで先生の考えを尊重していけるようにします。そうすると先生の思いが受講生の前でちゃんと言葉になって語られて、登壇してよかったと満足していただけますし、それがまた我々の信頼関係につながっていきます。
――なるほど。信頼がベースにあることで、著者のネットワークも広がりそうですね。
はい。たとえばうちの出版物にないテーマで研修の依頼があったときに、著者のネットワークでふさわしい方をご紹介いただいたこともありますし、著者のご紹介で、かんき出版から書籍は出していないけれど、研修を一緒に展開してみてほしいというお声をかけていただいたこともあります。いずれもそのあとに本を出すことにつながっていきました。実際、お客様のニーズに答えて研修をやる上では、自社の出版物があるかないかは関係ありませんし、むしろそういう縛りは邪魔になります。とにかくお客様のニーズ、課題に応え切ることが大事で、我々とお客様、そして著者の先生がみんな幸せになるのを目指しています。
取材・文=荒井理恵