「鶏卵素麺」「一六タルト」も、侵略の陰にお菓子あり!? 世界のお菓子の物語
公開日:2019/1/25
季節外れで恐縮だが、盆提灯が外国人観光客に人気と聞いたことがある。その美しい見た目を気に入ったという欧米人が、寝室に飾りたいとテレビで話していた。想像してしまったのは、ベッドのサイドテーブルに盆提灯を飾ってすやすやと眠るシュールな画。レポーターの人、楽しそうに笑ってないでちゃんと教えてあげればいいのに! もちろん、買ったものをどうするかは本人の自由だけれど。
とは言え、私たち日本人も海外で訳のわからないままお土産を買っていたりして。現地で見かける珍しいお菓子なんて最たるもの。旅行先で「キレイ!」「かわいい!」とひょいひょい手にするのも楽しいけれど、それがいったい何者なのかを知ることができればよりいっそう味わい深いものになるはずだ。
『旅するパティシエ 世界のおやつ』(鈴木 文/ワニ・プラス:発行、ワニブックス:発売)は、50ヵ国以上を訪ねて500種類以上のお菓子に出会った著者が、特に印象深く感じたお菓子とその裏側にある物語を紹介。お菓子の香ばしさや食感が現地のにおいとともに伝わってくる数々の写真に生唾が出るばかりではなく、お菓子の歴史的背景や人々の思いが知れて興味深い。
■ポルトガルの「ドース・デ・オーヴォス」
ポルトガルの「ドース・デ・オーヴォス」は、甘い卵黄クリームにコーンスターチを加えて固形化し、うっすら糖衣がけになったもの。きれいな黄金色で
「甘さの強い、きんつばのよう」
と著者は語る。これを素麺状にしたものが、“卵の糸”という意味の「フィオス・デ・オーヴォス」というお菓子。実はこれ、知る人ぞ知る福岡銘菓「鶏卵素麺」のルーツ。また、薄く焼き上げた生地に「ドース・デ・オーヴォス」を挟んだロールケーキ状の「トルタ・デ・アゼイタォン」は、愛媛銘菓「一六タルト」の元祖なのだとか。16世紀以降、日本はポルトガルとの貿易が盛んになったわけだが、お菓子による甘く美味しい侵略を受けていたことがよくわかる。ちなみに、カステラの原型になった「パン・デ・ロー」や、金平糖の原型になった「コンフェイト」も登場。日本人は昔から洋菓子に目がなかったんだなぁ。
■アルゼンチンの「アルファフォーレス」
実際に侵略を受けた歴史を感じるのが、南米ではメジャーな「アルファフォーレス」。2枚のクッキー生地に「ドゥルセ・デ・レチェ」という南米版キャラメルクリームを挟んだお菓子だ。その名の由来は「挟む、包む」というアラビア語。つまり、中東で生まれてイスラム勢力の西進とともにスペインに伝わり、16世紀以降、スペイン・ポルトガルの植民地となった南米諸国へ伝わった。そして現在、アルゼンチンをはじめ南米各国で、その国らしいアレンジが加わった「アルファフォーレス」に出会えるという。ウルグアイのカフェですぐに食べることを前提に提供される柔らかクリームのものは、日本ならさしずめ「生アルファフォーレス」なんて命名されていそうだ。お菓子に罪はない。スペインやポルトガルは撤退しても、「アルファフォーレス」はすっかり安住して、人々の生活になじんでいる様子がうかがえる。
■パレスチナの「ハルヴァ」
「アルファフォーレス」が生まれた中東。お菓子の起源は、古代エジプトで生まれたパンを蜂蜜と一緒に食べたことにあり、中東こそ“お菓子の故郷”と言えるのだとか。古代メソポタミアに起源をもつというパレスチナの郷土菓子「ハルヴァ」も、東はバングラデシュから西はモロッコまで、数百種類が存在するという。確かに、穀物やナッツに油脂と砂糖を加えるという素朴でシンプルな作りにお菓子の元祖といった感がある。見た目はパンかクッキーのようだけれど、シュワッと溶けるような食感っていったいどんな風なのだろう、食べてみたい…。
と思わずにいられない私たち読者のために、パティシエである著者が12の創作レシピを準備してくれている。「アルファフォーレス」と「ハルヴァ」も近所のスーパーで手に入りそうな材料で作れるから、機会があったら試してみたいものだ。
旅先で出会う品々の魅力は、その土地の歴史にあり。お菓子の美味しさの秘密は、お菓子のもつストーリーにあり。奥深い物語に思いを馳せてみては。
文=岩瀬由希