江戸時代、天狗にさらわれた少年がいた!? Twitterで話題沸騰の奇書、唯一の現代語訳文庫
更新日:2019/3/7
今から約200年近く前に書かれた古典が、売れに売れている。
江戸時代後期の国学者・平田篤胤(あつたね)が文政年間に著した『仙境異聞』だ。これは天狗にさらわれ、この世とは異なる不思議な世界(=仙境)を訪れたという少年の体験談を、篤胤が聞き取り、書き記したもの。もともと幻想文学ファンやオカルト好きの間では有名な本だったが、2018年にツイッター上で詳しくその内容が紹介され、あらためて注目を浴びるようになった。入手困難だった岩波文庫版『仙境異聞』が重版されると、多くの読者が飛びつくように買い求め、古典としては異例のヒットを記録。その勢いは今年に入っても衰えてはいないようだ。
2018年12月25日に発売されたばかりの『天狗にさらわれた少年 抄訳仙境異聞』(平田篤胤:著、今井秀和:訳・解説/KADOKAWA)は、その『仙境異聞』を日本文学研究者の今井秀和氏が現代語訳し、分かりやすく解説と注を加えたもの。現在文庫で読むことができる、唯一の『仙境異聞』現代語訳である。抄訳ながら原文のポイントは押さえられているので、古文が苦手な人でも安心して、話題の『仙境異聞』ワールドに飛びこむことができる。
そもそも『仙境異聞』とはどんな本なのか。江戸で生まれ育った少年・寅吉は、ある日不思議な老人に出会う。老人は寅吉を壺のようなものに乗せ、常陸国(茨城県)の山中にある天狗の修行場へと誘った。それから数年間にわたり、天狗界と人間界を行き来するようになった寅吉は、杉山僧正という4000歳近い天狗のもとで修行を積みながら、さまざまな土地を訪ねたという。
思わず眉に唾をつけたくなるような話だが、これに興味を惹かれたのが、当時知識人として知られた平田篤胤だった。篤胤は自らの家に寅吉少年を住まわせ、天狗の世界(=仙境)についての情報を根掘り葉掘り聞き出し、それを克明に記録したのである。『仙境異聞』は見えない世界に関心を抱いていた篤胤の情熱と、「天狗小僧」と呼ばれた寅吉少年との出会いが生み出した、一種の「奇書」であるといえる。
それにしても寅吉が克明に語った仙境の様子には、ワクワクさせられるものがある。
彼が滞在した常陸国の岩間山(現在の愛宕山)には13人の天狗が住んでいた。他にも筑波山に36天狗、加波山には48天狗、日光山にはなんと数万(!)もの天狗がいるそうだ。天狗たちは諸国の山を回りながら、人間の願いを叶えてやっている。人間たちからはひっきりなしに願いが届くので、気楽そうに見えて天狗も忙しいらしい。ときには人間の姿をして、下界に姿を現すこともある。
仙境では人間界とはやや異なる着物や文字、武器や楽器が用いられている。鉄ばかり食べる珍妙な獣や、「ノブスマ」「豆つま」と呼ばれる妖怪たちも野山には暮らしているらしい。こうしたファンタジー好きにはたまらない空想的な記述がある一方で、磁石が北の方角を示さない「非常に寒く、昼であっても夜のごとく暗い国」があるだとか(北極のことだろうか)、宇宙空間に飛び出して太陽や月を観察したとか、妙に冷静で科学的な記述も散見される(UFO好きなら寅吉をさらったのは宇宙人ではないか、と思うかもしれない)。篤胤らの熱心な問いかけに対し、寅吉はすらすらとよどみなく答えてみせる。真偽のほどはさておいて、その対応には揺らぎがない。篤胤が寅吉の言葉に興奮し、仙境の実在を信じてしまったのも頷けるのだ。
しかし、本当に仙境はあったのだろうか? 『天狗にさらわれた少年』には、寅吉が言うことはすべて虚言だ、と主張する人物が登場している。頭脳明晰な寅吉はあちこちで耳にしたことを、さも仙境での出来事のように言いふらしているだけだと。それに対して篤胤は、怪しい部分はあるにせよ、大筋では事実だと思うと反論している。寅吉という稀代のトリックスターを前に、信と不信の狭間で揺れ動く大人たち。その微妙な人間ドラマを辿ってみるのも、『天狗にさらわれた少年』を読む楽しみだと思う。
寅吉は真実を述べていたのか、それとも稀代のほら吹きだったのか。今日その真相を知ることは難しい。常識的に考えるなら答えは後者だろうが、豊かなディテールに裏づけられた仙境の様子が、読者に「ひょっとしたら……」という思いを起こさせるのも事実だ。解説で今井氏が述べているように、『天狗にさらわれた少年』は「現代人にとってもなお、虚構と現実の境目を曖昧にさせる力を持つ、実に魅力的な書物」なのである。
信じるにせよ疑うにせよ、読んでみて損のない一冊。天狗小僧のミステリーは、200年経った今でもわたしたちを魅了し、翻弄し続けている。
文=朝宮運河