世界屈指のエコノミスト達が叩き出す“日本の勝算”――起死回生を担う全ての日本人へ

社会

公開日:2019/2/5

『日本人の勝算』(デービッド・アトキンソン/東洋経済新報社)

 日本の未来がどうやら怪しいことは誰でもなんとなくわかっている。しかし、このまま突き進むと「先進国」から「途上国」になる可能性まであると理解する人は少ない。まだどこかで私たちは「日本は世界第3位のGDPを誇る一流先進国」という慢心に似た安心感を抱いている。だが、日本の未来は“ヤバい”。

 ただ根拠なく危険性をあおるのでなく、心から日本の未来を案ずるのが『日本人の勝算』(デービッド・アトキンソン/東洋経済新報社)だ。元ゴールドマンサックス金融調査室長のデービッド・アトキンソンさんが、世界中の経済論文を分析し、現状の危険性を訴え、日本が一流先進国を維持するための“勝算”を解説している。

■最新の研究によると日本のデフレリスクは「最強」

 日本経済はバブル崩壊後の金融危機を経て、驚異的に所得が落ち込みデフレに突入した。アベノミクスの目玉の1つ、2%のインフレを目標にした大規模金融緩和“黒田バズーカ”をもってしても、いまだデフレを脱却できない。「失われた10年」はやがて“20年”になり、今や「失われた30年」になろうとしている。

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 しかしデービッドさんが世界中の経済論文を分析したところ、日本のデフレはこれから本格化する可能性が高い。そのピークは2020年以降で、国際通貨基金「IMF」も同様の分析結果を公表している。最新の研究によると日本のデフレリスクは「最強」レベルなのだ。

 それにしてもなぜ日本ばかりが経済危機に陥るのか。それは「高齢化と人口の減少を同時に考えなくてはならない、先進国唯一の国」だからだ。日本は2060年までに30%以上の人口が減ると予想される異次元国家。こうなると国内の需給がズタズタになる。

 人口減少によるデフレは、まず不動産から始まる。人口が減少し不動産の需要が小さくなっても、不動産を取り壊すことはできない。そうなると空き家が増え続けて価格が下がり、物価全体に与える影響が増大。結果、デフレに陥る。

 また、高齢化によって産業構造に変化が起きる。製造業からサービス業にシフトし、特に介護などの需要が高まるのだ。介護は残念ながら大きい経済効果を生む仕事ではないため、所得の向上に悪影響を及ぼす。

 このほか企業の生き残りをかけた安易な戦略「価格競争」や、労働分配率の低下などによって、日本のデフレは止まらなくなる。日本が世界に思い切り後塵を拝する未来は遠くない。いったいどうすればいいのか?

 本書では第2章以降、日本が先進国として生き残る“勝算”を解説する。その中でも「最低賃金の上昇」と「生産性の向上」について少しだけ紹介したい。

■日本人はアメリカの半分以下の生産性で働いている

 数十年前の日本は、人口増加によって自然と需要が高まり、好影響に好影響が重なって自然と経済が成長してきた。この傾向は中国やインドをはじめとする世界中の国で共通している。

 時代が移り、異常な速度で人口減少が進む日本では、猛烈な勢いで経済が縮小する。現在の経済力を維持するには、労働者個人の生産性を高める必要がある。

 ところがこの「生産性」の低さが日本社会で問題になっており、昨今の「働き方改革」をはじめとする動乱につながっている。特に経済の大半を占めるサービス業の生産性が著しく低い。その数値はアメリカの生産性水準を100とすると、「情報・通信」「宿泊・飲食」「卸売・小売」など7つの業種で40を切る。私たちはアメリカの半分以下の生産性で働いているのだ。

 経済を縮小させないためにどれだけ労働者が生産性を向上させなくてはいけないのか著者が計算してみたところ、「毎年1.29%の向上」という数字が弾き出された。G7の平均伸び率を見ると可能な数字だが、悪しき習慣にまみれた日本社会でどうやって生産性を達成するのか。そこでカギを握るのが、継続的な賃金の上昇だ。

 最低賃金はあらゆる職種の所得に影響する。日本は先進国各国に比べると最低賃金が驚くほど低い。一方で日本人の人材評価は世界で第4位。つまり世界最高レベルのビジネスマンが働く日本では、各労働者への正当な賃金が支払われていないのだ。著者はこの状況を「異様」と語る。

 さまざまな国のエコノミストたちが、継続的な賃金の上昇こそ生産性を向上させる効果的な手段だと認める。イギリスで行われた大規模な実験では、賃金を高めることで生産性が向上する結果がはっきりと表れた(一方で最低賃金を異常に高めすぎて悪影響が出ている国も確認されている)。

 問題はなぜこれほどまでに日本の賃金が低いのか。本書の重要な1文を抜粋したい。

最低賃金は、実はもっとも体力の弱い企業の支払い能力に合わせて設定されているのではないか、と推測されます。

 つまり本来であれば倒産するような企業でも、労働者にしわ寄せすることで生きながらえる事態が起きているのだ。そこで著者が提案するのが、最低賃金の上昇を「経済政策」と捉え、現在の「厚労省の管轄」から「経済産業省の管轄」へ移し替えること。そして、企業の刷新や変革を表す“機敏性”が先進国で最下位の日本で、中小企業を「統合」することだ。

 かつて、世界中が日本的な経営手法に賛辞を送ったこともあった。しかし今では見る影もないほど国力が落ち始めている。本書に記された分析結果はあまり読みたいものでないかもしれない。けれどもこれから40年以内に起きる日本の本格的な凋落の中で私たちは生きていく必要がある。

「日本の未来がヤバい」と言われているうちはまだ間に合う。本書を読んで、国民全員で日本のこれからを考えたい。いや、考えてほしい。著者もこの記事を書く私も切にそう願うばかりだ。

文=いのうえゆきひろ