8000キロ離れた近所・スウェーデン――『「スウェーデン」の魅力150』インタビュー
公開日:2019/2/4
福岡県北九州市門司港。関門海峡が目の前で、レトロな町並みを目当てに観光客も多く訪れるこの場所に、『「スウェーデン」の魅力150』(雷鳥社)の著者・西田孝広さんのアトリエはある。異国情緒漂う町並みの中で、どのような思いで本書を執筆されたのか、お話を伺った。
―まず、西田さんとスウェーデンの縁について教えてください。
ストックホルムの大学で、1年間絵画・版画を制作していました。街の美しさに魅了されて行くことを決め、後ろ髪をひかれながら帰国しました。運命的な偶然で、実家に戻ったその日の新聞にスウェーデンの大手通信会社エリクソンの求人広告を見つけ、同社の福岡事務所に3年半ほど勤務しました。今は、故郷・門司港の海沿いに建つアトリエで美術制作を続けながら、北欧・東欧、東京など国内外各地を往き来して、さまざまな国際プロジェクトに関わっています。
―『「スウェーデン」の魅力150』の、150という数字はどのようにして決められたんですか?
2018年が国交樹立150周年だったので、それにちなんだものです。1868年の明治維新以降、それまで鎖国していた日本はいろんな国と国交を結んだのですが、スウェーデンもその内のひとつです。
―日本でも150個魅力を挙げるのは苦労すると思いますよ(笑)。
そうですかね(笑)。私も最初は多い気がしていたのですが、いざ取り掛かると入りきれないものもたくさん出てきて、絞り込むのにかなり時間がかかりました(笑)。
―150個は、どのような方向性で選ばれましたか?
スウェーデンというと、家具・インテリア・デザインといったイメージが強いのですが、あえてそうじゃないものも入れたいと思いました。例えば、アートの情報は少ないですよね。ヒルマ・アフ・クリントという最近再発見されたアーティストがいますが、彼女は、抽象絵画の創始者として一般的に知られているカンディンスキー、モンドリアン等より先に、現代の作品と見間違うような抽象画の大作を描いていたんです。2018年10月12日から2019年4月23日まで、約半年に渡ってニューヨークのグッゲンハイム美術館がヒルマ・アフ・クリントの回顧展を開催中です。また、NHK大河ドラマ『いだてん~東京オリムピック噺~』に、ストックホルムが舞台として登場しますが、本書では、現代スウェーデンのマラソンやスポーツの話題にも触れていますので、ぜひあわせてお楽しみください(笑)。
―北欧の制度というと、やはり福祉・教育というイメージがありますよね。
はい。教育では、小さい頃から民主主義とは何かを徹底的に教える点が大きいと思います。福祉でいうと、「育児とか介護は、国が面倒みましょう。教育も無料です。医療費も抑えます。そのかわり働ける人は性別に関係なく自立してやってください。大企業がうまくいかなくなっても公的資金は投入しません。失業しても生活は守るので、将来に向けて構造改革していきましょう」という、日本では考えられないようなやり方ですね。スウェーデンは、人口あたりの難民受け入れ数も欧州の中で一番です。反発や揺り戻しもありますが、自分の生活にとって得になるかどうかだけでなく、「社会や世界がどうあるべきか」という視点を持った人が多いのには感心させられます。
―ちなみに、書けなかったことにはどんなことがありますか?
たくさんありますよ。ゴミを拾いながら走る「プロギング」、人口あたりのユニコーン企業数がシリコンバレーに次いで多いストックホルムのスタートアップ・シーン、ゲーム産業。ファッションモデルやブロガー、インスタグラマー。日本で大人気の陶芸家リサ・ラーソンのトピックはないの?という声もあるでしょうね。2018年の紅白歌合戦にも登場した「みんなで筋肉体操」出演の庭師・村雨辰剛さんがスウェーデンから帰化した日本人だといった小ネタも。
―書中のスウェーデン人へのインタビューで、「スウェーデンといえば?」という連想を持ちかけた質問に「自由・平等」とシンプルに答えている方がいますが、なかなか自分の国のことを、そんなに胸を張って言えないですよね(笑)。
はい(笑)。北欧にたまたま善人が多いというわけではなく、それぞれの時代の生活実感より一歩先を行く理想を掲げて、本気で制度を築き上げてきた成果なのだと思います。「制度だけ作っても、心が通ってないとダメだ」と批判する方もいますが、情熱や思いやりなしにそれ相応の制度は作れませんし、制度の存在が心構えや考え方にも影響していると思います。
―日本からスウェーデンは距離が8000km離れているからしかたないかもしれないですが、スウェーデン・ノルウェー・デンマーク・フィンランドやバルト三国の辺りは、どうしても「北欧」と括ってしまうところがありますよね。西田さんにとって、スウェーデンはどのような場所ですか?
一番落ち着く場所のひとつです(笑)。だいぶ昔ですが、北欧観光のPR担当者が、「旅行に行き尽くした人が最後に行く場所」と語っていたのが印象に残っています。でも、最近、フィンエアーが9時間台で行ける「一番近いヨーロッパ」とうまいことプロモーションしているように、実際は英国やフランスより近いんですよね。スウェーデンの場合は、現在「直行便がない」のが痛いところ。それでも、オーロラ・ツアーなども人気ですし、精神的な距離も近づいてきていると思います。中村勘九郎さんが「ストックホルムで歌舞伎公演をやりたい」とおっしゃっていますが、今年は、『いだてん』がひとつの起爆剤になってスウェーデン人気が盛り上がることを期待しています。
―日本人がスウェーデンに行けば、8000キロの距離があるものの「近い場所」になる可能性は高いということですね。
はい。気質的にも、日本人とは相性がいいですしね。「ヨーロッパの日本人」なんて呼ばれることもあるくらい。最初はシャイですが、一旦仲良くなったら長く友情が続くことが多い。
―本書はスウェーデンを紹介するのはもちろんのこと、「日本の中のスウェーデン」、あるいは「日本人の中のスウェーデン性」のようなものを示そうとしているという印象を受けました。
「スウェーデン性」というか共通点という意味では、素材をめでてシンプルなデザインを好むことなどがそうですね。白木の家具とか。テキスタイルなどは派手なものもありますが、やはり日本人の感性に合うようです。日本は「わびさびの国」と言われる一方で、繁華街の景観にしても折込チラシやテレビのテロップにしても、実は、ものすごくゴチャゴチャしたものが多い。あちこち注意書きだらけですし。その点、ヘルシンキ空港(フィンランド)の鉄道駅なんかいい例ですが、北欧は本当に何もなくてシンプルです。もちろん例外もあるし、多様化の傾向にはありますが。今後を占うという意味では、例えば、スウェーデンは世界最先端のキャッシュレス社会です。日本も、これからどんどんそうなっていくはずなので、彼らの声を聞くことは無駄ではないと思います。
―シンプルにするって、実はけっこう勇気がいることですよね。
日本は、運営はしっかりしていますが、あらかじめ全部決めないと気がすまないところがありますよね。その素晴らしさもあるけれど、生産性や意外性を欠くところもある。スウェーデン人も意外と近いのですが、日本人ほど予定調和的ではないかもしれません。とりあえずやってみて、やり過ぎたらちょっと戻すというようなところもある。
―特に日本の若い世代には、スウェーデン、あるいは北欧に対してぼやっとした憧れがあるのではないかと思います。その正体は何なのでしょうか?
ひとつは共通する美意識だったり気質だったり、相通じる何かを感じているという点。もうひとつは、日本ができなかったことをやっているという点かもしれません。それが日本人の進みたい道かどうかはわからないけれども、「こういう社会にもできた」という、理想郷とまではいかないまでも、オルタナティブ・パス(もうひとつの道)に対する憧れではないかと思います。
―北欧の小ささというのは、特に人口に関して、これから「小さい国」になっていく日本にとって、非常に参考になるのではないかと思いました。
スウェーデンとは仲良くしたほうがいいと思います(笑)。「小さな国だからできることで、日本では無理だ」という政治家や研究者も多いんです。でも、規模より考え方の差のほうが大きい。また、おっしゃる通り、日本もこれからさらに高齢化が進み人口も減るわけですから、伝統的な家族任せのやり方では立ち行かなくなりますよね。スウェーデンは、人口たった1000万人ですが、一般にあまり知られていないBtoB企業も含め、あらゆる分野で世界的な企業を輩出しています。国内の市場規模が限られている分、最初から世界をマーケットとして見ているんです。福祉国家と経済成長の両立という点でも参考になる点は多いと思います。
―本書には、パッチワークという言葉がふさわしいと思いました。スウェーデン文化のパッチワークで内容が構成されていて、読むとどこか気になるところがある。同時に、読者の方それぞれのパッチワークが、スウェーデン文化のどこかにポッと落ちている。そういう感じがしました。
スウェーデンと聞くと、まず何かしらのシンボルを連想するかと思います。ABBA、ノーベル賞、イケア、ボルボ…。その一歩先を、この国の多面性を知ってほしいというのが本書の出発点です。分野別にすればすんなりまとまるのですが、あえていろんなカテゴリーのトピックを散らばらせました。「スウェーデンではこうやっているんだ」と知って、鏡を見るように日本のことを見直す楽しみもあるのではないかと。
意外にも似た者同士の日本とスウェーデン。その「距離」がぐんと近づく時がきっと来るはずだ。スウェーデンの解像度を上げ、憧れを強くさせてくれる本書は、そんな未来への一歩を手助けしてくれる。
取材・文=神保慶政