付喪神、武家をめぐる騒動で大奮闘!江戸ファンタジー第3弾『つくもがみ笑います』畠中恵インタビュー

小説・エッセイ

公開日:2019/2/20

 古い器物に魂が宿り、妖と化した「付喪神」。長年大事に使われてきた古道具が妖怪になり、もしも我が家に現われたら……? 畠中恵さんの「つくもがみ」シリーズは、そんな心躍る夢を見せてくれるお江戸ファンタジー。深川の古道具屋兼損料屋「出雲屋」を舞台に、人と付喪神が時に怪異に挑み、時に冒険を繰り広げる人気シリーズだ。

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著者 畠中恵さん

畠中 恵
はたけなか・めぐみ●高知県生まれ。2001年『しゃばけ』で第13回ファンタジーノベル大賞優秀賞を受賞し、小説家デビュー。「しゃばけ」シリーズは、新しい妖怪時代小説として読者の絶大な支持を得ている。『ゆめつげ』『まんまこと』『こころげそう』『まことの華姫』など著作多数。

 

 妖と言っても、出雲屋の付喪神たちは人に祟るわけではない。気位は高いが、おやつに目がない食いしん坊。おまけに噂話が大好きで、おせっかいとくる。なんとも愛すべき妖だ。

「もしも付喪神がいたら、そばに行ってみたいなと思ったんです。そう簡単に近づくことはできないけれど、できることなら近くに行ってみたい。もし貸してもらえるなら私も借りてみたいと思ったのが、この話が生まれたきっかけかもしれません」

ちなみに損料屋とは、今で言うレンタルショップのようなもの。付喪神と化すような古い工芸品から鍋、布団といった日用品まで、何でも貸してくれたという。

「冬になったらこたつを借り、夏になったら蚊帳を借り。それこそ、おしゃれをする時のふんどしまで借りられるお店なんです。当時の庶民は長屋暮らしで、居住スペースがとても狭かったんですね。ものをしまう場所もないので、必要な時に借りるほうが便利だったのだと思います。それに、江戸は火事も多かったですよね。長屋と長屋の間にはどぶ板が渡され、火事ともなるとその板が導火線になって一気に燃え広がってしまったそうです。家財道具も焼失しますから、借りるほうが合理的だったのでしょう」

 シリーズ第1弾『つくもがみ貸します』は、出雲屋を切り盛りする清次とお紅が主人公。続く第2弾『つくもがみ、遊ぼうよ』は、ふたりの間に生まれた息子・十夜へと代替わりした。そして新刊『つくもがみ笑います』では、幼かった十夜が15歳に成長。跡取りとして店に立ち、付喪神と化した品々を受け持ち、あちらこちらへ貸し出している。

「第1弾は『付喪神ってこういうものですよ』という顔見せ。第2弾では、付喪神が小さな子どもと対面したら、彼らの世界がどうなるかを描きました。今回は、十夜が大人になった時に付喪神がどう反応するかに焦点を当てています。付喪神は歳月を経ても変わりませんが、彼らからすれば世の中はどんどん変わっていき、人間は猛スピードで年を取っていきます。ある意味、付喪神は人の状態を映す鏡のような存在。そういった側面を描くため、『つくもがみ』シリーズは時間を速く進ませているんです」

古いものは変わらない。だからこそ魅力的に映る

 賭場で大暴れしたり、旗本屋敷の幽霊騒動に駆り出されたり、今回も付喪神たちが大奮闘。その一方で、十夜たちが辻斬りに襲われたり、付喪神を悪用しようとする者が現れたりする展開も。前2作に比べて事件性の高い物語になっている。

「登場人物が年齢を重ねたので、それにつられてお話もシリアスになったのかなと思います。それに、新しく登場した阿久徳屋さんが騒動を引っ張ってきちゃったのかな」

 そう、今回は両国で見世物小屋の元締めなどをしている阿久徳屋とその養子・春夜が新たに登場している。前作で十夜と一緒に遊んでいた幼なじみの市助とこゆりの出番が減ってしまったのは少々寂しいが、阿久徳屋親子が次から次へと事件を運んできて新たなにぎわいを見せている。

「十夜も遊んでばかりの年代ではなくなったため、市助たちとひとところに集まる機会が減っています。成長に伴い、彼らの出番は控えめになりました。阿久徳屋親子に関しては、春夜がもう少し前に出てくるはずが、親のほうがずいずい出張ってきました(笑)。小説を書いていると、自分から前に出てくるキャラクターがたまにいるのですが、阿久徳屋さんはまさにそう。悪の親玉ですが、悪であることを自分でも楽しんでいるんです。『ああ、このおっさん楽しんでる!』と思ったら、そのままターッと突っ走っていきました(笑)」

 最初は「悪の親玉」の出現に戸惑っていた十夜だが、付喪神を介して次第に心を通わせていく。破天荒な阿久徳屋と春夜に翻弄されながらも、いつしか出雲屋親子が彼らを包み込んでいくように感じられる。

「阿久徳屋さんって寂しがり屋だと思うんです。だから、付喪神にも人にもずいずい寄っていくんでしょうね。ただ、江戸の庶民は密集した長屋で暮らしていましたから、ご近所はみんな知り合い。ひとりでいても近所の人たちが関わってくるので、今ほど孤独になりようがなかったのではないかと思います。その一方で、病気や火事などで人がよく亡くなっていたのも事実です。ほわほわとあったかいようで、裏を見ると寂しいような哀しいような気配がある。温かさと寂しさが一緒にあった時代だったのかなと思います」

 物語をにぎやかに彩るのは、人間ばかりではない。阿久徳屋の付喪神も加わったほか、200年前に作られ、付喪神と化した「大江戸屏風」も登場。実はこの屏風、実在する「江戸図屏風」をモチーフにしているそう。屏風の中に入り込み、そこに描かれた江戸時代初期にタイムスリップする奇想天外な冒険も待ち受けている。大河のような時代の流れを体感し、華やぐ江戸文化を俯瞰できる。

「博物館や美術館に行くと、付喪神になっていそうな古い品がたくさんありますよね。江戸図屏風を見た時にも、『これはきっと付喪神になっているだろう』と思いました。でも、出雲屋の付喪神のように口をきくとは思えません。それならどんな付喪神になっているだろう、ワイワイしている付喪神たちと出会ったらどうなるだろうと想像を膨らませていきました。それに、同じ江戸時代でも数百年違えば、まだ江戸城の天守閣が残っていたり、3階建ての町屋があったりといろいろと違いがあります。それが面白いなと思い、ついそこも書きたくなってしまいました」

 さらに、付喪神の存在を知る武士が、武家の命運を懸けて100年前に生み出した「百年君」なる付喪神も登場する。大江戸屏風と違い、百年君にモデルはない。この付喪神がその後どうなったのか、想像を巡らせながら読むのも面白い。

「もし付喪神がいると知ったら、自分ものちに付喪神になるような名品を作ってみたいと思いませんか? 作った本人は、その品が付喪神になったか見届けることはできません。それでも、死後になにか残したいという人はいるはず。『すごいものを作るぞ。俺が武家を救う!』と盛り上がり、『絶対にうまく行ったはずだ』という思いのまま亡くなっていったのではないかと思います」

 畠中さん自身にも、「自分の小説を100年後まで残してやる!」という思いがあるのか聞いてみると……?

「本が100年残るのは、すごーく難しいですよね。古本市を見ても、ほんの少し前なのにすでに残っていない本がたくさんあることがわかります。明治中期のレシピ本を見ても半分読めませんし、使われている単位も違います。私が書いたものも、それこそ数十年で『なんだろう、この単位は』と言われかねません。現代ものの小説でも、若い人にはPHSなんて通じないでしょう。特に近年は、そうした移り変わりがとても早くなっているように感じます」

 だからこそ、付喪神と化すほど長く大切にされてきた品々が魅力的に映るのだろうか。

「今はいろいろなものが変わっていきますが、古いものは変わりませんよね。根付なんて、生み出されたらそのままずっと変わらない。その変わらなさが魅力なのかなと思います」

取材・文=野本由起 写真=高橋しのの