「お金がない!」税務署の取り立て、金銭トラブルで裁判沙汰…今だから語れる作家たちの極貧生活

暮らし

公開日:2019/2/5

『お金がない!』(河出書房新社)

 日本においてお金というものはあまり良い印象を持たないことが多い。執着するのは傍目にみっともないが、かといってお金がなくては生きてはいけない。ことに、仕事への対価などの確認は極めて重要なことなのだが、日本では好まない人が多いらしい。ところが、他人の懐具合を探るようなことは嫌いではない。なんともおかしなものだ。常々、日本人のお金に対する感性の面白さを考えているところに目に入ったのが『お金がない!』(河出書房新社)だった。

 何が興味深いかといえば、29名もの著者はそれぞれ文学や漫画、映画と、多方面の業界で活躍した、または活躍中の著名人ばかりという点だ。すでに故人になっている方も多数いるのも貴重といえよう。成功した人の多くは、何らかの苦労を負っている人が多い。これは参考になりそうである。

 本書は、すべてがお金にまつわる苦労話ではない。それぞれに何らかの「お金にまつわるエピソード」を寄せている。税務署の取り立てに裁判沙汰など重いものもあるが、他人を食事に誘ったものの、所持金が少なく肝を冷やしたという軽いものまでバリエーションに富んでいる。

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 ことに重いものは水木しげる先生だ。新婚時代の極貧生活をつづっているのだが、地主に金銭トラブルにより訴訟をほのめかされ、その上税務署までやってくる。

地主は、
「じゃあ、法廷で争いましょう」
 と一言残して帰っていった。
 そのすぐ後へ、税務署員がやってきた。何事かと思えば、申告所得があまりにも少ないが、ごまかしがあるのではないか、というわけ。
「だって、現に、所得がないんです」
「ないんですといったって、生きている以上は食べてるでしょう。これじゃ、食べてられる所得じゃありませんが」
 と、食いさがる。
「我々の生活がキサマらにわかるかい!」

 水木しげる先生は、当時家財を次々と質入れして食いつないだらしいらしい。家の中は殺風景であったと書かれている。実際に同じような経験をした方であればわかると思うが、このようなとき、役所というものは非情だ。

 他人の懐具合を想像するという点で笑えるのは中島らも先生だ。個人的に好きな作家の1人である。中島らも先生は知人とマイケル・ジャクソンの懐具合を探っているのだから面白い。

「日本テレビの放映料が十四億だってな」
「興行のギャラがやっぱり同じくらいやろ」
「コーラのCF出演料はどれくらいなの」

 公演のギャラから楽曲の印税まで次々と計算し、想像するのだが、このようなことを思わずやってしまう人は多いのではないだろうか。

 自分なども、どの作家の作品が数十万部突破だの、増刷だのといった話題を耳にすると、思わず「紙本の印税は10%だから、印税はいくらくらいで」などと計算してしまう。気になるのは誰でも同じらしい。特に数億を超える金額になってくると、身近な額ではないだけに面白い。夢がある。

 ところで、本書はさまざまな著名人のお金にまつわる苦労話やドキッとした話のオムニバスだが、面白いのは「お金なんでも相談室」や「困ったときの手紙の書き方」など役立つ情報まで掲載されていることだ。特に手紙の書き方は「借金依頼・借金返済催促」となんとも生々しいではないか。ぜひ役立ててほしいものである。

 こうして、さまざまなエピソードを読んで気づくのは、どんな苦境に立ったときでも、自分の仕事を貫いている点だ。それが共通している。その世界で上に行くということは、このような精神と姿勢がなければならないのかもしれない。もちろん、潮時を見て安定職に転向するのも間違いではない。だが、毅然とし、その中にも楽しみや目的を見出して突き進んだ者が、絶景を見ることができるのではないだろうか。

文=いしい