NHK記者のジャーナリズム魂!敵は「安倍官邸」圧力に負けず真実を追った執念の1冊
公開日:2019/2/18
2017年2月8日、大阪府豊中市の木村真市議が情報開示請求訴訟提訴の記者会見を開いた。学校法人森友学園に小学校の建設用地として売却された国有地の金額に関して、木村市議が情報開示請求したのに開示されないのは不当だという訴えだ。他の国有地の売却額はすべて開示されているのに、この土地だけ「契約相手の利益を害する恐れがある」として開示されない。そしてこの小学校の名誉校長には、安倍昭恵総理夫人が就任している…。
誰もが「えっ!?」と驚くこの会見を皮切りに、日本中が注目し大騒動となる「森友学園問題」が勃発した。数々の疑惑が浮上しては誤魔化され、関与したと思わしき財務省関係者は全員が「不起訴処分」となり、2019年になった現在では国民の関心が薄れ、真実が闇に葬られそうになっている。
当時理事長だった籠池泰典氏が使用して話題になり、2017年の流行語大賞にも選ばれた言葉「忖度」。森友学園への国有地の売却に関わった人間ばかりだけでなく、真実を突き止めるはずのマスメディアでさえ「他人の心をおしはかり、相手に配慮した」結果、突き止めた情報を加工し問題点を見えづらく報道したことで、国民の不信感はテレビ局や新聞各社にも向けられた。森友学園問題とはいったい何だったのか。
『安倍官邸vs.NHK』(相澤冬樹/文藝春秋)は、いまだ解明されない森友学園問題の真実に迫ろうと闘い続けた男のノンフィクションだ。著者はNHK大阪放送局の元報道記者・相澤冬樹氏。先の記者会見の報道を担当したときから、問題の核心を突くべく持てる力のすべてを尽くして取材を重ねた。最終的にNHKという巨大組織の圧力に負けて記者から外される瞬間まで、“特ダネ”をつかんでは真実を国民に伝えようと試みた。本書にはそんなジャーナリズム精神にあふれる熱き男の激動の軌跡が記されている。
読者は報道機関にどんなイメージを抱いているだろうか。最近話題になった政権に対する忖度報道などで、不信感を募らせているかもしれない。本書を読むとその不信感は、より明確な形になるだろう。
本書は相澤氏が死力を尽くして森友学園問題を追い続けた1年半の記録だ。その中には政権への配慮を重ねるNHKの、報道機関としてあるまじき姿が克明につづられている。たとえば先の記者会見の模様を報道しようと、相澤氏が1本の原稿を書いた。その原稿は相澤氏が勤めていたNHK大阪放送局の夕方の報道番組で読まれるはずだった。しかし当時、相澤氏の上司だった担当デスクが原稿を書き換えてしまう。
「この時点で昭恵夫人の名前をリードから出すのはちょっと……木村市議が語った言葉にすれば差し支えないかと……」視聴者にわかりにくくなろうが構わない。というより、わかりにくくなった方がいい。まさに「忖度原稿」だ。
ところがこれは始まりにすぎなかった。
国有地を格安で売ることは、国民の財産のたたき売りだ。8億円も値引きして売り渡し国民に損害を与えた行為は、刑法の背任罪にあたる可能性がある。相澤氏はある筋に取材することで「近畿財務局が森友学園側に土地の支払い可能額を聞き出していた」背任行為を裏付ける証言を得た。そしてこの事実を、2017年7月26日の「ニュース7」で“特ダネ”として報じた。記者として最高の仕事を果たした…はずだったが、この番組を見たNHK上層部の報道局長が激怒。相澤氏の上司であり責任者の報道部長にこう怒りを投げた。
「あなたの将来はないと思え」
本書を読むとマスメディアのことが信用できなくなってしまうかもしれない。財務省が直接、森友学園側に「トラック何千台もごみを搬出したことにしてほしい」という「口裏合わせ」を行っていたという特ダネを相澤氏が突き止め、「クローズアップ現代+」で報じようとしたときも、直前になって大阪報道部のナンバー2である報道統括が放送を取りやめてしまった(結果として別の報道番組で報じられたが)。真実を突き止めようとする男を後押しするどころか、政権に配慮する一部の上層部が率先してつぶしていく。本書にはその悔しさの軌跡がありのまま語られている。
報道機関として比較的信頼できるNHKでさえ、森友学園問題は忖度であふれかえった。真実を追及できず、やがて特捜部も圧力に負けて財務省関係者の「不起訴処分」を出す結果に。近畿財務局職員が自殺にまで追いやられたというのに、安倍総理をはじめとする政治家たちは誤魔化しを重ねる。真実は霞の奥に消え去ったのか。
自らの立場を悪くしてまで“特ダネ”を報じ続けた相澤氏は、最終的にNHKの上層部の判断で異動させられた。記者をクビになったのだ。相澤氏はNHKに未練がなかった。森友学園問題の真実を暴くため、NHKを辞めて現在は大阪日日新聞で記者を務める。本書はその足掛かりとなる1冊だ。政治家や官僚たちが忖度という闇に葬った真実を、相澤氏が暴く日は来るのだろうか。
文=いのうえゆきひろ