手術室という“密室”で殺人事件が発生! 天久鷹央シリーズは、不可能犯罪と人間ドラマが融合した唯一無二の医療ミステリー
公開日:2019/2/14
※「ライトに文芸はじめませんか? 2019年 レビューキャンペーン」対象作品
病気の診断は、推理に似ている。患者が訴える症状や検査結果をもとに、不調の原因を突き止め、病名を探り当てる。わずかな徴候も見逃さず、可能性のある疾患を絞り込んでいく。その過程は、あたかも探偵が謎を解き明かすかのようだ。
そんな“病院の名探偵”を主役にしたのが、知念実希人さんの「天久鷹央」シリーズ。これまでに短編集が5冊、長編が4冊刊行され、累計100万部を超えるベストセラーとなっている。ご承知のとおり、知念さんは現役の医師でもある。その広範にして専門的な医学知識と謎を掛け合わせることで、彼にしか書けない唯一無二のメディカルミステリーを形づくっている。昨年出版された『ひとつむぎの手』(新潮社)は「2019年本屋大賞」にノミネートされるなど注目は高まる一方だ。
天久鷹央は、大手総合病院の副院長にして統括診断部の部長。高校生にしか見えない童顔ながらも超人的な記憶力と洞察力を誇り、「診断困難」と判断された患者の病名をズバリと言い当てる天才女医だ。その反面、空気が読めず、人づきあいは苦手。患者を「お前」呼ばわりし、先輩医師に対してもズケズケと物申すため、彼女を煙たがる者も多い。そのうえ病院の屋上に座敷わらしのように住みつき、普段の診療は部下の小鳥遊優にまかせきり。“謎”の気配がする時だけ、持ち前の好奇心で危険を顧みずに突進していく……という困ったちびっこ医師だ。「河童を見た」と話す少年、「宇宙人に誘拐された」と主張する男など、これまで首を突っ込んできた謎は数知れず。しかも、そのすべてを明晰な頭脳で解決してきた名探偵でもある。
そんな事件簿の中でも、特にインパクトが強いのが長編第2弾『幻影の手術室 天久鷹央の事件カルテ』だ。手術室という密室で起きた、“透明人間”による殺人事件の謎に鷹央が挑んでゆく。事件現場は、オペが終わったばかりの手術室。当時その部屋には、全身麻酔で身動きできない患者と麻酔科医のふたりしかいなかった。だが、監視カメラに映し出されたのは、麻酔科医が「見えない誰か」と格闘した末、絶命するシーン。彼を死に至らしめたのは何者か。容疑をかけられた患者が知人だったことから、鷹央は事件解決へと乗り出すことになる。
監視カメラに記録され、人が出入りできない手術室。室内にいたのは、動けない患者と死んだ麻酔科医のみ。鷹央は持ち前の推理力と診断能力で不可能犯罪を腑分けしていくが、本書の楽しみは密室殺人の解明だけではない。絶命する間際、麻酔科医の湯浅が患者であり元恋人だった鴻ノ池舞に筋弛緩剤を投与したのはなぜか。彼女を殺すつもりだったのか、それとも別の理由があったのか。「ダイイングメッセージ」に隠された湯浅の思いをひもとく、心の謎も同時に描かれる。
さらに、キャラクター文芸としての読みどころも満載。他人の気持ちを読むことが苦手な鷹央は、これまで他者との接触を避けてきた。謎に接するのも、天才的な頭脳を刺激したいという好奇心によるものだった。しかし、今回は同じ病院の研修医である舞を助けたいという「感情」から、行動を起こしている。そんな鷹央の変化も、シリーズファンにとっては興味深いところ。さらに、本作では事件の起きた病院に鷹央の部下・小鳥遊がスパイとして送り込まれ、二人がバラバラに行動するのもユニークだ。相変わらず鷹央に振り回されっぱなしの小鳥遊だが、離れていても確実に絆が深まっているのがわかる。バディものとしての面白さも、シリーズを重ねるごとに増している。
密室殺人に挑む本格医療ミステリーとして、ダイイングメッセージをめぐる人間ドラマとして、登場人物の成長を追うキャラクターものとして。一冊でいろいろな味を楽しめる、贅沢な作品と言えるだろう。
文=野本由起
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