食べると美味しい「河童鍋」!? 愛情いっぱいの「妖怪」グルメ漫画
公開日:2019/2/26
読者諸氏は、福井県の民話「八百比丘尼(やおびくに)伝説」をご存じだろうか。長者の娘が人魚の肉を食べて不老不死になるというもので、一度は聞いたことがあるかもしれない。妖怪が人間を食べる話は多いが、逆の話で小生が知っているのはこれくらいだ。そもそも大半の人は、妖怪を食べようなんて考えたこともないだろうし、小生とて同じである。
しかし漫画家は、想像を超えたアイデアを思いつくもの。『正しい妖怪の食べ方』(むこうやまあつし/新潮社)は、妖怪を「食べる」ことをテーマとした漫画なのである。一見するとごく普通の若夫婦である「想ちゃん」と「さく子さん」だが、最近の想ちゃんは、疲れ気味で幻覚さえ見るようになっていた。そこでさく子さんは、ハイキングに誘い「今ちょうどアレの季節だし、うまくいけば美味しい鍋が作れるよ!!」と言う。想ちゃんは山菜のことかと思ったのだが、さく子さんが見つけたのは冬眠中の小さな河童だった……。
河童といえば、頭の皿と背中の甲羅が特徴的な、人型妖怪というイメージが一般的かもしれない。しかし、さすがに従来のイメージでは料理にしづらいのだろう。本書では頭の皿と背中の甲羅は従来通りなれど、体は頭でっかちな亀のようだ。どことなく間抜けな雰囲気もあるが、大きな目がウルウルとして可愛いというか可哀そうというか、印象深いデザインなのだ。妖怪の生態など伝説に語り継がれているだけなのだから、もっと自由に想像しても良いに違いない。
そしてさく子さんは、まるで魚を調理するかのような顔で包丁を入れていく。尚、直接的な描写はないのでご安心を。そして完成するのは「河童鍋」で、調理法などから「スッポン鍋」を彷彿させる。恐る恐る想ちゃんはその肉を口にするのだが、その瞬間「うまっ!!」と驚き、満足げに「河童ってホントにいるんだね」と問いかけると、さく子さんは「フツーのヒトには見えないもんね」と笑顔で返す。この時点で想ちゃんは、自分たちがフツーではないことに気づくのだった。
さく子さんによると妖怪の世界を見るには霊力が必要で、それを得るにはその世界の物を食べれば良いという。さく子さんの田舎では当たり前のように妖怪を食べており、想ちゃんも普段の手料理で気づかぬうちに食べさせられていたのだ。つまり幻覚だと思っていたのは、その霊力で妖怪の姿が見えていたためなのだった!
衝撃の事実発覚後も、ノンビリと穏やかに夫婦の妖怪グルメライフは続く。ある時、さく子さんが風邪をひいてしまい想ちゃんが看病していると、天井から黒い渦模様の塊がぶら下がってきた。「天井さがり」という妖怪で、ただ天井から下がってきて人を驚かせるだけの妖怪なのだが、さく子さん曰く「天井と繋がった沢山の紐のような尻尾を伝い、他の妖怪が降りてくるかも知れない」と。慌ててその尻尾を切り落とすのだが、今度はそれが食材に。しかも療養中のさく子さんに代わり、想ちゃんが調理を務めるのだ。
さく子さんの指示で、散らばった細い紐のような尻尾をまとめて茹で上げると、まるでうどんのよう。カツオ出汁を効かせたつゆで食べているのだが、その味わいに満足のさく子さん。でも彼女が本当に嬉しかったのは、誰かにご飯を作ってもらうこと。さらに普段は料理をしない想ちゃんが頑張ってくれたことが、喜びを倍増させているのである。実はこの作品、夫婦の愛情物語でもあったのだ。
読む前は「妖怪料理なんて、悪趣味なのでは」とも思ったが、意外にもそのインパクトとは裏腹に、各話で見せるさりげない夫婦愛の描写など爽やかな読後感がある。このなんとも不思議な魅力を知ると、妖怪料理も食べたく……いや、ならないな……。
文=犬山しんのすけ