貧困、ブラック企業、無縁社会…ある女性の壮絶な人生から現代の闇をえぐる!『連続ドラマW 絶叫』原作者・葉真中顕インタビュー

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公開日:2019/3/6

 貧困、ブラック企業、無縁社会――。ある女性の壮絶な人生を通して、現代の闇をえぐった傑作ミステリー『絶叫』がついにドラマ化。原作者の葉真中顕さんにお話をうかがった。

葉真中 顕さん

葉真中 顕
はまなか・あき●1976年東京都生まれ。2013年『ロスト・ケア』で第16回日本ミステリー文学大賞新人賞を受賞し、ミステリー作家としてデビュー。老人介護を扱った同作は高く評価された。15年『絶叫』が第36回、17年『コクーン』が第38回吉川英治文学新人賞の候補となる。19年『凍てつく太陽』で第21回大藪春彦賞を受賞。

 

 2014年に刊行され、大きな反響を呼んだミステリー『絶叫』が、WOWOW『連続ドラマW 絶叫』としてついに実写化される。ヒロイン「鈴木陽子」を演じるのは、コメディからシリアスまで演じ分ける実力派女優・尾野真千子。その独特の存在感は、原作者・葉真中顕さんが思い描いていた陽子のイメージにもぴったりだった。

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「もし『絶叫』がドラマ化されるなら、陽子役は誰がいいかという話を以前からよくしていて、尾野真千子さんのお名前は必ずあがっていたんです。鈴木陽子というキャラクターは、決して100人に1人の特別な才能を持っているわけではない。でも彼女自身にとっては切実な、一回きりの人生を生きています。尾野さんならそんな陽子の生き方を、きっとうまく表現してくださるんじゃないか、と思ったんです。だから実際尾野さんに演じていただけると聞いて、本当に驚きました。ドラマ好きの妄想が現実になったみたいで、嬉しかったですね」

 WOWOWの「連続ドラマW」といえば、同チャンネルを代表するオリジナルドラマ枠だ。これまでも湊かなえ、東野圭吾、髙村薫など人気作家の作品を、クオリティの高い演出と脚本で多数映像化してきた実績がある。映画やドラマが大好きで、20年ほど前からWOWOWに加入しているという葉真中さんの期待も高まる。

「完成した脚本を読ませていただきましたが、文句のつけようがない出来でした。映像化が難しい原作を、うまくドラマ向けに“翻訳”してくれていて脱帽します。シーンによっては、原作を超えているかもしれません。私はテレビがアナログだった時代からWOWOWファン。毎月自宅に届く番組表をチェックして、丸印をつけるのが、長年の儀式になっています(笑)。まさか自分の書いた小説が、『連続ドラマW』でドラマ化されるとは思ってもみませんでした。タイムマシンがあったら、20年前の自分に教えてあげたいくらい感慨深いですね」

 1973年生まれの鈴木陽子は、いわゆる「団塊ジュニア」「ロスジェネ」と呼ばれる世代。サラリーマンの父と専業主婦の母の間に生まれ、地方都市で学生生活を送った、これといって目立つところのない女性だ。物語はそんな陽子の人生を、母との軋轢や弟の事故死、初恋など印象的なエピソードを交えながら辿ってゆく。

『連続ドラマW 絶叫』
『連続ドラマW 絶叫』

「陽子は1976年生まれの私とほぼ同世代。性別の違いはありますが、同じような風景を眺めて育ってきたキャラクターとして描いています。街のどこかですれ違っていてもおかしくない、というくらいの距離感ですね。ロスジェネ世代の平均値を生きてきたような陽子が、ある出来事をきっかけに普通とは呼べない経験をし、犯罪に巻きこまれてゆく。もちろんそこはフィクションですが、私たちの世代にとって、決して他人事ではないんだ、といった発想がこの小説の根底にはあります」

 それなりに楽しく、それなりに退屈な地方都市の毎日。いつまでも続くと信じていたそんな陽子の日常は、父の失踪という出来事をきっかけに、ガラガラと崩れてゆく。借金のかたに住む家を奪われた陽子は、折り合いの悪い母と別れ、長年憧れていた東京へ。派遣社員としてコールセンターで働き始めた彼女を待っていたのは、キラキラした“おひとりさま”生活ではなく、貧困の二文字だった。

「2000年代以降、日本人がそれまで忘れ去っていた貧困問題が、にわかにクローズアップされましたよね。経済発展のなかで覆い隠されてきた社会の暗部が、次々と可視化されたのが平成という時代だったと思います。なかでもロスジェネは、大学卒業時が就職氷河期にぶつかったこともあって、非正規で働いている人がすごく多い。僕と同世代のドラマのプロデューサーさんや出演者さんも、この息苦しい感じはよく分かるとおっしゃっていました」

 結婚して子どもを生むことこそ女の幸せ、とくり返す母と、それに反発して経済的な自立をめざす陽子。この小説では、団塊世代から団塊ジュニア世代へと受け継がれてきた“幸せ”の形が、女性の生き方を縛りつける、一種の呪いとして描かれている。

「女性は家庭に入って子どもを育てるのが当たり前、という戦後確立したモデルが、2000年代以降、明らかに崩れてしまった。ある意味、束縛から解放されて、自由な生き方が選べるようになったわけですが、それに代わるロールモデルはまだ見つかっていない。どうしたらいいのか、途方に暮れる人も多いはずです。これは原作のひとつのテーマなんですが、団塊ジュニア世代はメディアを通じて、大人になると何者かになれるという“約束された感じ”を抱いていたと思うんですね。ところが実際大人になってみると、想像していたのと全然違う、平凡な毎日が続いている。そうした落胆や欠落感は、きっと40歳前後の人たちには共有されている感覚だと思います」

 転職を経て、やがて夜の世界で働くようになった陽子は、ある事件を機に神代武というヤクザまがいの男と出会う。今回のドラマで安田顕さんが演じることになっている神代は、ホームレス相手の貧困ビジネスで利益を得ていた。目的のためには殺人すらいとわない神代と出会ったことで、陽子の運命は急旋回を描くことになる……。

「神代は自分でも好きなキャラクターのひとりですね。リアルに描かれているこの小説で、彼だけはやや現実を超越した部分を持っています。神代はいわばこの物語の“神”にあたる存在。陽子という平凡な女性を、非凡な存在に生まれ変わらせるための、媒介のような位置づけです。ドラマでは原作以上に神代にスポットが当たることになっているので、個人的にも期待しています。原作の神代は毛深くて、獣のように体格のいい男。安田さんとはルックスが異なっているのに、安田さんのたたずまいは神代そのもの。さすがだな、と感動しました」

 都内マンションの一室で発見された、女性の孤独死体。刑事の奥貫綾乃はその身元を探るうち、陽子の犯してきた重大犯罪に気づく。現行ルールの盲点を巧みについた陽子と神代の犯行には、読者はあっと驚かされるはずだ。と同時に、「もし現実にこんな事件が起こっていたら……」という恐怖にも駆られるだろう。

「どうすればリアリティのある完全犯罪が描けるか、常日頃から考えています。現実社会の完全犯罪とは、それが起こったことすら気づかれない犯罪のこと。どこかで誰かが不幸な目に遭っているのに、社会制度の不備や矛盾によって、なかったことにされている。現代ミステリーを書く時は、そうした見えない犯罪にスポットを当てるようにしています。社会の網目に落ちこんだ人たちの声を代弁して、その苦しみを共有するのも、小説の大きな役割だと思うので」

 原作ではいくつかの視点が交差しながら、陽子の知られざる人生を浮き彫りにしてゆく。陽子の人生をたどったパートでは、語り手が「あなたは――」と二人称で呼びかけているのも特徴的だ。

「いわゆる“女性の一代記”みたいな作品は、優れた作品がたくさん書かれていて、ひとつのジャンルを形作っています。先行作と差別化するための切り口として、二人称の語りというアイデアを思いつきました。語り手が主人公に呼びかける二人称小説では、誰がその声を発しているんだろう、という問題が生まれます。そこをミステリーとしての仕掛けと絡めてみたのが、原作の大きなポイント。こうした文章表現ならではのテクニックが、ドラマ版ではどういう形で処理されるのかも注目です」

『連続ドラマW 絶叫』は3月24日(日)夜10時よりWOWOWにて放送スタート。第1話は無料放送されるので、ミステリーファンは必見だ。

 自分らしい幸せを求めてあがき続ける、「あなた」の切実な物語。平成の世相をリアルに映した傑作ミステリーが、どのようにドラマ化されるのか楽しみだ。

「私の作品は社会派と呼ばれることが多いですが、何よりもまずエンターテインメントだと思っています。小難しいことはさておいて、純粋にサスペンスとして楽しんでもらえればと。今回のドラマ化にあたって大きなアレンジが加えられたのは、物語のラストシーン。原作とは異なりますが、ドラマはドラマで素晴らしい展開になっているので、その違いに注目してみてください。『絶叫』は多くの方に受け入れてもらった、私の代表作のひとつ。思い入れのある作品を、いい形でドラマ化してもらうことができ、原作者冥利に尽きますね。放送が待ち遠しいです」

取材・文:朝宮運河 写真:干川 修

 

『連続ドラマW 絶叫』

『連続ドラマW 絶叫』
WOWOWにて3月24日(日)スタート
毎週日曜夜10:00〜(全4話)[第1話無料放送]
出演:尾野真千子、安田 顕、ほか 原作:葉真中 顕『絶叫』(光文社文庫) 監督:水田成英 脚本:池田奈津子
都内アパートで見つかった、飼い猫に食い荒らされた孤独死体。刑事・綾乃は、現場にある違和感を抱く。ペットの猫たちのトイレトレーニングがなっていないのだ。通帳から判明した遺体の身元は、鈴木陽子・36歳。綾乃は陽子の人生に思いを馳せる――。葉真中顕の傑作ミステリーを、豪華キャストによって完全ドラマ化。

原作小説

『絶叫』

『絶叫』
葉真中 顕 光文社文庫 920円(税別)
マンションで孤独死体となって発見された女性、鈴木陽子。刑事の綾乃は彼女の足取りを追ううち、壮絶な人生を知ることになる。誰もが陥りかねない現代社会の落とし穴をスリリングに描いた、重量級の社会派ミステリー。