夏休みの宿題は作文だけ、定期試験は廃止…常識破りの校長は何を考えているのか?
公開日:2019/3/12
自分自身の体験を思い返せば、学校という組織はわかりやすい「社会の縮図」だ。理不尽な理由で怒る教師、どんな意味があるのか不可解な授業や恒例行事、“お利口さん”を演じていればいいという雰囲気…。私たちはこうした教育を通じて、そつなく生きる方法を身に着けてきたわけだが、だんだんとそれが通用しない時代に突入しているという空気を感じている。上司の機嫌をうかがい、ルーチン業務を疑いもせず、言われたことだけをやる…。だが、変化の激しい現代において、そんな人間ばかりの組織は、すぐに潰れてしまうだろう。
本書『「目的思考」で学びが変わる 千代田区立麹町中学校長・工藤勇一の挑戦』(多田慎介/ウェッジ)は、公立中学校の校長・工藤勇一氏の取り組みを取材したもの。今の社会で活躍できる人材を育てるために、工藤氏は、現場でさまざまな改革を行い、本気で日本を変えようとしている。
■“校長先生のお話”は、パワポを使ったプレゼンに
“校長先生のお話”は、つまらないものと相場が決まっていると思っていた。もちろん生徒のためを思っていい話をしてくれていたのだろうが、その言葉は生徒にとってはスケールが大きく、抽象的で現実感がない…。そんな記憶を持つ人は少なくないだろう。
それに対して、工藤氏が生徒に向けて行う“お話”の現場は、私たちの常識とは大きく異なる。「話を聞いてもらえないのは校長の責任」とまでいう工藤氏は、パワーポイントを駆使して生徒たちに語りかける。スライドでは写真や画像を多用し、生徒たちにとって身近な問題をわかりやすく説く。その姿は、株主の前で将来のビジョンを熱く語る経営者のようだ。
■宿題を減らし、定期試験を廃止したワケは?
学生時代、誰もが悩まされたであろう夏休みの宿題や定期試験。多くの人が疑いもしないこうした通例を、工藤氏はどんどん変えていく。
まずは、宿題について。宿題は、よく考えると理不尽なシステムでもある。生徒の理解度は個々それぞれ違うのに、一律で量をこなすための宿題を出してしまえば、すでに習熟度の高い生徒の時間を無駄にしてしまう。工藤氏の学校では、極力宿題を出さない方針だ。夏休みの宿題は、千代田区指定の作文のみだという。
さらに、工藤氏は定期試験を廃止した。とはいえ、生徒たちがただ楽をするようになるわけではない。授業の進捗度合いに応じて教科ごとに行う「単元テスト」と、年5回の「実力テスト」が実施される。工藤氏はその狙いを「生徒が自分の頭で考え、学ぶ習慣を身につけるため」と語る。生徒は、試験前の一夜漬けに頼ることはできず、日ごろから自分に必要な勉強をしなければならないのだ。
2014年に校長に就任した工藤氏は、2カ月で160もの課題を洗い出し、共に働く教員らとそれを実行に移してきた。利益を追求する企業でこうした改革が行われる例は少なくないが、本書の舞台は“公立の中学校”である。現状に甘んじることなく、常に改善を続ける工藤氏と教員たちの姿は、そのまま生徒たちの手本になっているはずだ。
文=中川凌