「男性医師に代わってほしい」と言われても負けなかった――『情熱大陸』出演で話題、最強の女性脳外科医が実践するメンタル術
公開日:2019/3/22
日本には世界に誇るスーパードクターが何人もいる。藤田医科大学ばんたね病院の院長補佐・脳神経外科医教授を務める加藤庸子先生もその1人だ。
脳卒中で命を落とす人は毎年10万人を超える。その中でも「くも膜下出血」の死亡率が特に高い。この病気の原因となるのが、脳の血管にできた未破裂動脈瘤、つまり血管の“こぶ”だ。加藤先生は、“こぶ”にチタン製の特殊なクリップを挟んで破裂を未然に防ぐ「クリッピング手術」を、これまでに3000例を超えて行ってきた。その実績は世界の女性脳外科医の中でもナンバー1。脳外科医の“ゴッドマザー”と称えられる世界的に名高い存在だ。
しかし加藤先生が脳外科医として歩んだ道のりは、決して平たんではなかった。かつて脳外科医には女医の数が少なく、「女は手術室から出ていけ」「執刀医を男性医師に代わってほしい」など、女性というだけで差別を受けることも多かった。さらに脳外科医という仕事そのものが、体力的・精神的に過酷な世界。
なぜ加藤先生は厳しい環境の中、ゴッドマザーと呼ばれる存在になれたのか? 『最強女性脳外科医 神メンタルの作り方』(加藤庸子/発行:主婦の友インフォス、発売:主婦の友社)にその秘密が記されていた。加藤先生が語るシンプルかつ奥深い言葉の数々に、きっと読者は思わず唸るだろう。
■その日そのとき、決めた答えがベストアンサー
医師として患者のために身を粉にして働く父親の姿に影響を受けたのか、いつしか自身も医師を志すようになった加藤先生。脳外科医になったきっかけはとてもシンプルだった。医科大学の卒業間際に、脳外科医の主任教授から「いかにも健康で体力がありそうだから、脳外科医をやりませんか?」と誘われ、あっさり自分の医者人生を決めてしまった。
一昔前の日本では、女性が医者をやることそのものが珍しかった。しかも昼夜を問わず過酷な労働を強いられる脳外科医を目指すなんて、一般的には考えられなかった。しかし加藤先生は当時の心境をこうつづる。
「いろいろ悩んでも仕方ない」
今日と明日では判断する状況が異なるのだから、その日そのとき、決めた答えがベストアンサー。明日になって別の答えが浮かんできても、それはベストではなくアナザーアンサーにすぎない。
「とにかく働いて、続けてみて、経験を積まなければ、仕事の本質は見えてこない」
私たちは決断を下すために色々悩んでしまう。「これでいいかな?」とためらう。しかしその分だけ時間が過ぎていて、悩むよりもっと有益で正しい答えを得られる“経験”を逃しがちだ。“まずは飛び込んでみるタイプ”と自身を評する加藤先生の言葉に、“行動力”というシンプルで偉大な“答え”を感じる。
■「女医でなければできないこと」を探すようになった
しかし案の定というべきか、脳外科医の道のりは過酷だった。仕事が厳しい上に、「女性だから」という理由で手術をさせてもらえない。ときには「女は手術室から出ていけ」と言われ、退場させられる。患者と対面したときも、加藤先生ではなく、後ろにいる補助の男性医師にばかり話をする。病院内で不遇な扱いを受けるばかりか、患者からも信用されない場面があった。「執刀医はわたしですよ」と言わなければならない場面があった。医者としてどれだけ屈辱だっただろう。
「技量では負けていないし、わたしには度胸もあるのに」
当時をこう振り返る加藤先生の気持ちは、察するにあまりある。けれども、腐らなかった。加藤先生は前を向いて、否定的なことを言われてもなるべく平常心で対処し、仕事を続けた。
それこそ、そこで感情を爆発させてしまえば、「女はヒステリー」を体現してしまうことになりますし、怒ったり、落ち込んだり、投げやりになったとしても、得になることはひとつもないですから。
そう語る先生の言葉に強さを感じる。
そのうちに加藤先生は「女医でなければできないこと」を探すようになった。病気に苦しむ患者さんやご家族は不安でいっぱい。ならば話をしっかり聞いてあげたい。「誠実な優しさ」や「ささやかな気遣い」こそが副作用のない痛み止めになる。
今や世界最高峰のスーパードクターに仲間入りした加藤先生だが、患者やご家族のために惜しまず心を捧げ、身を粉にして働く。本書に記されたその姿を目にして、「たゆまぬ努力」「謙虚さ」「正直さ」がもたらす圧倒的な力と未来を思い知らされる。
世界で活躍する日本人は何人もいる。どんなことをすれば偉大な功績が残せるのか?と、色々勘ぐってしまうが、その裏に隠されているのは、とてもシンプルでありきたりなことが多い。しかし、そのありきたりなことを“続けること”がどれほど難しいか。
本書を読むと背筋が伸びてしまうのは、きっと私だけではないだろう。
■ゴッドマザーが語る“神メンタル”の作り方
脳外科医とは常に患者の命を背負って働く仕事だ。失敗は許されない。だから手術に挑む執刀医が背負うプレッシャーは想像を絶するものがある。
加藤先生はプレッシャーに押しつぶされそうになったとき、こう考えるそうだ。
「わたしにできる最大限のことをする。後のことを考えても仕方がないから、とにかくやってやろう!わたしにはそれを果たせる環境がある」
それでも手術は想定外がつきもの。どれだけレントゲンなどで万全に“こぶ”の状態をチェックしても、いざ開頭すると「予定した方法じゃできない!」ことが起こりうる。そんなとき「さてどうしよう?」と考え込む時間はない。
だからこそ必要なのは、「手術中のトラブルは起こるもの」と想定して、考えられるいくつもの局面に備えておくこと。頭の中で様々な段取りを考える「計画性」だ。
しかしその計画性は、様々な経験を通して、ようやく得られる。だから加藤先生は医者として駆け出しの頃から、積極的に手術と関わってきた。たくさんの経験を得た。様々な修羅場をくぐり抜けて、自身の技量が磨かれて、より冷静な平常心で手術に挑めるようになったそうだ。
どんなに罵倒されても、決してふてくされない。
どんなに疲れていても、もうひと頑張りできるように努力する。
うまくいかないことがあっても、諦めず、別の方法を考えて対処する。
得意分野を見つけて、誰かから期待される存在になる。
壁にぶつかったら環境を変えて、また挑んでみる。
どれも大切なことだが、誰もがなんとなく理解していることでもある。しかしすべてを実行できている人は少ない。
わたしが大切にしていることは、今すぐに誰でも実践できる、普通のことばかりです。それをやり続けて血肉にすれば、いつ、いかなるときでも平常心で生きていける。わたしはそう信じています。
たとえ普通のことでもコツコツ続けさえすれば、いつか神と呼ばれる日が来るかもしれない。世界に誇るゴッドマザーの語る言葉は、とてもシンプルで奥深いものばかりだ。そう考えると、私たちが目指すべき道もシンプルな方向に開ける。私たちの日常はとても複雑で難しいものばかりだが、それを乗り越える答えはシンプルなものに違いない。
文=いのうえゆきひろ