山崎ナオコーラさんと柚木麻子さんが金曜夜に語った! 女性の仕事と生活のホンネ
公開日:2019/3/21
3月8日(金)の夜、吉祥寺の書店BOOKSルーエの主催で、山崎ナオコーラさん作家デビュー15周年を記念するイベントが開催された。山崎さんはこのたび小説『趣味で腹いっぱい』(河出書房新社)とエッセイ『文豪お墓まいり記』(文藝春秋)を同時刊行。トークゲストに柚木麻子さんを迎え、年齢も近くともに小説家であるふたりが、女性の仕事と生活のあり方について語り合った。
山崎ナオコーラさん(以下、山崎) 柚木さんとは、作家仲間とのお花見やホームパーティーで知り合ったんですよね。最近ではご自宅にも遊びに行かせていただきました。
柚木麻子さん(以下、柚木氏) まさか来てもらえると思わなくてびっくりしましたよ。私、作家デビューする前からナオコーラさんの大ファンで、スクラップブックにいれていたくらいなので。
山崎 私も見せてもらいましたが、あのスクラップブック、すごい熱気ですよね。欲しい靴とか作家の写真とかいろんなものが混在していてシュールで。
柚木 そのときに好きなものや憧れているものをソニープラザのシールとともにひたすら貼りつけていて。でも作家はナオコーラさんと角野栄子さんだけなんですよ。思いのたけが溢れていてカオスですが、スクラップには即興性が大事だって植草甚一も言ってましたから。
山崎 嬉しいです。私も、柚木さんの小説を読んでいると、多くの読者のみなさんと同じかもしれませんが、「気が合う」って思います。「わかる」って思うことがたくさん。女性同士の関係や、女性であることを肯定的に描くところも好きです。
柚木 そう言っていただけると嬉しいんですが、私はブロンテ姉妹とかマーガレット・ミッチェルを愛読してきているので……。ドレスを着ていつも馬車に乗っていて、最終的に遺産が転がり込んできてなんとかなるみたいな生き方の女性像に慣れ親しんできて、ジェンダー観がもともとは鬼古いんです。今読むと古いなって思うんですが、当時はその世界観が大好きだったんですよね。
山崎 柚木さんの小説は女性としてどう生きるか、を前向きにとらえて繊細に描いていると感じますが、私はどちらかというと、女性である、男性である、という枠組みが社会にあること自体がつらいと思ってきました。
柚木 確かにそうかも。私はフェミニズムについては長く考えてきましたが、もっと広い意味でのジェンダーという観点では、ちょっと前までかなり鈍感だった自覚があります。今も勉強中。ナオコーラさんはデビュー作からずっと、社会の規範に抗おうとする姿勢がありますよね。
山崎 今回書いた『趣味で腹いっぱい』という小説のタイトルも、「趣味でお金は稼げない、ご飯は食べられない=だから役に立たない」という前提に抗いたくてつけました。私はこの作品で、初めて“主婦”という登場人物を魅力的に書こうと挑戦したんですね。柚木さんは主婦についてどう思いますか?
柚木 私はいま書き下ろしの小説に備えて、資料を読んだり取材をしたりの日々なのですが、同時に家事も子どもの世話もしています。もしもこれが本にならなければ、興味があることについて調べているだけなので趣味だし、具体的に執筆という労働をしていないので、いまの自分は主婦に近いのかなと感じています。『趣味で腹いっぱい』では、労働ではない趣味を極めていく主人公の鞠子と、趣味で始めたものを仕事にしてしまった夫を対照的に描いていますよね。豊かになっていく鞠子と、仕事にしたことによって苦しみを味わう夫という構図がとても面白かったのですが、最後には清々しい視点の転換があって、趣味も仕事も否定しない結末ですごくいいなと思いました。
山崎 ありがとうございます。私はこれまで、お金を稼ぐということに重きを置いていて。お金がすごく好きなんですよ、私。
柚木 私ナオコーラさんの小説の何が好きって、登場人物たちの金銭感覚がすごくしっかりしてるところなんです! 林芙美子っぽくてかっこいい。
山崎 (笑)。そうなんです、しっかり経済力があって、人に貸せる余裕があるとか、そういうほうが好きだから、正直なところ主婦というものをあまりいいものと思えないで来たんです。だけど『趣味で腹いっぱい』を書く前に、子どもが保育園に落選したことがきっかけで、自分の仕事について考えました。その頃、収入が少なくなっていたのもあって、なんとなく仕事に自信が持てなかった。まわりの作家を見ると、保育園に入ることができているから、「確かに売れているいい仕事ができている人は、もっと仕事がしやすい環境を手に入れるべき。でも自分は人を押しのけて保育園に入れてまで、仕事をするべきなのか」みたいな気持ちにちょっとなったんですよね。
柚木 そんなことないって全力で言いたいけど、共感はします。
山崎 もちろん一方で、自分は一生懸命やっていて、「お金を稼いでいる、稼いでいない」「社会で高く評価されている、されていない」「重要視されている、されていない」といった基準で考えずに、頑張っていること自体が大切なんだと思う気持ちもありました。でもそれだと、趣味との違いがなくなりますよね。それで、趣味と仕事はあまり違わないのかもしれないと気づいて、『趣味で腹いっぱい』を書き始めました。
柚木 特に私たち作家業は、本になってお金に結びついたところで初めて仕事になるので、線引きが曖昧かもしれませんね。私も趣味で、俳優の香川照之さんの似顔絵をずっと描き続けているんですが、西加奈子さんにそれを言ったら個展を開きなよと勧めてもらったことがありました(笑)。香川照之の土下座寸前の顔とか、人間椅子にされている時の顔とか、離婚会見直後の顔とか、いろんな香川照之を描いているだけなんですけどね。これは趣味として粛々と続けていきたいと思います。
山崎 それはいい趣味ですね(笑)。お金の価値だけに頼らない生き方を自分自身でも探っていこうと私も思い始めました。「女性は自立して自分で稼いだお金でお寿司を食べよう」という考え方もわかるんですけど。
柚木 私もそういう小説を書いたくらいで(『その手をにぎりたい』小学館文庫)、よくわかるんですが、「それが女性の生き方としてベスト」と言い切ることには猛烈な違和感があります。医大受験の足切りに見られるようなはっきりした男女格差がある今の日本社会で、女性側に「人一倍頑張ってその格差を埋めなさい」って求めるのはどうしても違うんじゃないかなと感じますよね。
山崎 そうですね。私自身、自立している状態が好きで、それに越したことはないと思っています。男の人も家事とか自分の世話をちゃんとできて、という状態が、全体的な幸せに近づいていくんだろうなとは思います。でも、やりたくても出来ない人もいますよね。病気や障害があって働けないだとか、家事が本当に本当に苦手だとか。全員が全員、出来て当たり前、それが幸せだとする社会は、やっぱりいい社会とは言えないんじゃないかと思います。他立(たりつ)する人を……他立という言葉はないらしいんですが、小説の中で書きました。他立して、人に頼る人がいてもいいと思えるようになりました。病気などが理由じゃなくても、どうしても働くのが苦手だとか、趣味のために働きたくないとか、本当はアリなはず。私は自立して稼いでいる女性主人公を好んで書いてきましたが、そうじゃないヒロインも出てきていいような気がしています。男性主人公だったら、ダメになっていく作品がたくさんありますよね。
柚木 ダメな女性主人公の小説、読みたい! そうなんですよね。日本文学を辿っていると、「こいつはクズだな!」っていう男性主人公の小説は文学的にすごく評価されているのに、女の主人公が恋人を心中に巻き込んで「私だけ助かっちゃいました」みたいなものは読んだことがない。特に日本文学だと全然思いつかないです。
山崎 女でダメな、というとせいぜい恋愛に奔放とかそういう描かれ方ですね。でもそれって別にダメじゃない。倫理観が崩壊しているとか、あまりにも常識がないとか、いろんなことが出来ないとか、そういう女性主人公はすごく少ないですよね。
柚木 変だなあ。身を持ち崩し、働かず、ナマコみたいに寝ているヒロインのものが読んでみたい。
山崎 まだ書かれていないものが、たくさんあるんじゃないかって思えますね。
山崎ナオコーラ
作家。1978年、福岡県生まれ。埼玉県育ち。東京都在住。
友だちがいなかったため、本に逃避して育つ。國學院大學文学部日本文学科卒業。卒業論文は「『源氏物語』浮舟論」。2004年に作家デビュー。今は、「もっといい小説が書きたい。いや、自分の小説がいつか消えるとしても、みんなで日本文学史を作っていく流れの中のひとつの小さな力になりたい」と思っている。著書に、小説『美しい距離』、エッセイ『かわいい夫』、『母ではなくて、親になる』など。目標は「誰にでもわかる言葉で、誰にも書けない文章を書く」。
柚木麻子
作家。1981年、東京都生まれ。立教大学文学部フランス文学科卒業。
2008年、女子校でのいじめを描いた「フォーゲットミー、ノットブルー」で第88回オール読物新人賞を受賞。2010年、受賞作を含めた単行本『終点のあの子』でデビュー。女性の繊細な心理描写で注目される。その後『ランチのアッコちゃん』がベストセラーに。2015年、『ナイルパーチの女子会』で第28回山本周五郎賞を受賞。他の著書に『あまからカルテット』『嘆きの美女』『けむたい後輩』『早稲女、女、男』『私にふさわしいホテル』『王妃の帰還』『伊藤くんAtoE』『その手をにぎりたい』『本屋さんのダイアナ』『幹事のアッコちゃん』などがある。