伊坂幸太郎と朝井リョウが初対面! 前代未聞の作家競作企画「螺旋プロジェクト」完結までに何があった?
公開日:2019/4/24
2013年から始まった壮大な文芸競作企画 螺旋プロジェクトとは?
中央公論新社が130周年記念で立ち上げた文芸誌、『小説BOC』。同誌にて2016年春から2018年夏までの全10号に連続掲載された、8組9名の作家陣による競作企画「螺旋プロジェクト」が完結し、単行本刊行がスタートした。現在、朝井リョウ作品のみ刊行済み。読み始めるなら、今だ!
基本ルールは、大きく3つ。
(1)「海族」と「山族」、2つの種族の対立構造を描く。
(2)全ての作品に同じ「隠れキャラクター」を登場させる。
(3)任意で登場させられる共通アイテムが複数ある。
このルールに則って、原始から未来までの日本を舞台に、8組9名の作家が物語を紡ぐ「螺旋プロジェクト」は、前代未聞の競作企画だ。
全ての始まりは、伊坂幸太郎だ。2013年12月、編集者が新たに創刊する小説誌で、複数の作家がさまざまな年代を描く、「年表企画」をやりたいと伊坂に持ちかけた。反応は、編集者の想定を大きく上回るものだった。
「編集部にこの企画の相談を受けたとき、テーマだけアリバイ的に揃えるんじゃなくて、構造まで揃ったアンソロジーがやりたいと言ったんです」(『小説BOC』第1号の座談会より)
世にあまた存在するアンソロジーは、単語レベルのふわっとした共有テーマしか設けられていないことがほとんど。実質的な企画発起人である伊坂は、「対立」という物語の構造を全作家で共有しようと提案したのだ。そして、編集者が他の作家に依頼する際の拠り所となる「企画書」を、なんと伊坂自身が作成! 伊坂のナマの言葉が、人気作家たちのプロジェクト参加を導いた。
8組9名の作家が確定した後は、全員集合のミーティングが定期的に行われた。基本ルール(1)に関わる「海族」と「山族」という名称や身体的特徴、(2)の「隠れキャラクター」の役割、(3)の共通アイテム(お守り、巨大な壁……)などは、話し合いで決定したかたちだ。
連載スタート1年前の15年4月には、各人がプロット(あらすじ)を披露。各作品はあくまでも独立した物語だが、読めば読むほど細部が反響し合っていることに気づく。細かなリンクが実現した理由は、作家同士の活発なコミュニケーションにあったのだ。連載第6回では、全作家が同じ情景と“対立”をめぐる対話を描く“縛り”を設けるなど、遊び心と裏腹の挑戦心も満載。
8組9名の作家による時代×対立のコラボ
純文学出身の大森兄弟(*実の兄弟ユニットの筆名)は、〈原始〉を担当した。『ウナノハテノガタ』は、ヒトが精霊とともに生きた太古の時代で、「海」の人々イソベリと「山」の人々ヤマノベが出会い、後の世の対立の起点となる衝突が起こる。
大学院博士課程で奈良仏教史を専攻していた経歴を持つ澤田瞳子は、〈古代〉。『月人壮士』は、古代東大寺大仏を建立し、仏教政策を推進した聖武天皇の真実の姿に迫る。懊悩の多くは、海族である藤原氏と、山族である天皇家の対立から生まれていた!?
小説すばる新人賞を時代小説で受賞、という異色の経歴を持つ天野純希は、〈中世・近世〉を担当した。『もののふの国』は、源氏と平家、信長と光秀など歴史に残る武士の戦いは、「海」と「山」の対立だった可能性を、1000年近くもの長い時間軸をかけて紡ぎ出す。
現代に鋭く斬り込む社会派ミステリー・警察小説の書き手として知られる薬丸岳は、時代区分に〈明治〉を選び、自身初の時代モノ『蒼色の大地』を執筆した。幼なじみだった「海」と「山」の少年少女が、近代化のきしみのなかで、帝国海軍と海賊の戦いの渦に巻き込まれてゆく。
独特な感触を放つホラーやミステリを発表してきた乾ルカは、〈昭和前期〉を担当し、戦時下ならではのムードを『コイコワレ』の物語に反映させた。疎開っ子・清子と山寺の子・リツ、2人の少女は出会った瞬間から互いに敵意を抱く。やがて物語は「あの時」へ。
プロジェクトの発起人である伊坂幸太郎は、バブル華やかなりし〈昭和後期〉を舞台に、中編『シーソーモンスター』を書き上げた。平和ボケという言葉が当たり前になった時代の日本で描いたのは、嫁と姑のバトルだった。ところが、ある段階で物語がぐるっと転変し……。
平成元年生まれ、戦後史上最年少で直木賞を受賞した朝井リョウは、やはり〈平成〉を選択した。『死にがいを求めて生きているの』は、植物状態の青年と彼の傍を離れない男、小学校からの幼なじみである2人の関係を追い掛ける。根幹にある謎は─水と油のように思える2人が、何故こんなにも仲がいいのか?
伊坂幸太郎はもう一編、〈近未来〉を舞台にした中編『スピンモンスター』も執筆した。21世紀半ば、機密事項は手紙でのやりとりが主流となっていた。ある国家的陰謀をめぐり「海」と「山」がしのぎを削る。〈昭和後期〉の『シーソーモンスター』との呼応関係も読みどころのひとつ。
ブックデザイナー「クラフト・エヴィング商會」としても活動する吉田篤弘が担当したのは、〈未来〉。『天使も怪物も眠る夜』は西暦2095年が舞台だ。〈壁〉によって分断された東京は不眠に悩まされていた。睡眠薬の開発をめぐる攻防は「眠り姫」を探す旅となり、やがて過去の全ての対立を包み込むようなビジョンが到来する。
時代順に読んでいくのも贅沢な楽しみ方だが、現時点でのお勧めは、既に刊行されている朝井リョウの『死にがいを求めて生きているの』(平成)と、伊坂幸太郎『シーソーモンスター』(昭和後期、近未来の2編収録)を続けて読むこと。時代が隣り合っているため、「螺旋プロジェクト」ならではの作品間リンクを見つけやすいからだ。5月以降は毎月2作刊行され、7月には全8冊が勢揃い。4冊以上購入すると応募できる「シークレットイベント」が、9月14日に開催されることも決定している。
「螺旋プロジェクト」とは、同一ルールで創作した物語を各人が披露する競作企画だ。と同時に、「海族VS山族」の数千年の歴史、ひとつの大きな物語を「共作」する試みでもある。興味を持って1冊手に取ったならぜひ、別の1冊へ。
物語の舞台をわしづかみ〈螺旋MAP〉
舞台は、紀元前3000年の〈古代〉から、西暦2095年の〈未来〉までの日本。8組9名の作家はどの時代を担当し、その時代背景をもとにどんな物語を紡ぎ出したのか? 刊行予定一覧も併せてお報せします。