スダレ頭の熟年部長が「自分をネタにしたエロ同人」に堕ちていくマンガが登場!

マンガ

公開日:2019/4/2

『部長が堕ちるマンガ』(中村朝/新潮社)

 読者の方々は、「熟年世代の男性上司と若い女性部下」にどんな関係性を思い浮かべるだろうか。マンガであれば、破天荒な部下に振り回される上司のコメディや、有能な上司に恋する部下の恋愛物などが王道だろう。しかし単なるラブコメ作品なら小生は紹介する気にはならない。この『部長が堕ちるマンガ』(中村朝/新潮社)は、なんと上司が同人マンガのネタにされた上、部下たちと同じサブカルチャーの世界に引き込まれていくという、とてつもないマンガなのだ。

 主人公「小山田誠一郎」は、いわゆる堅物な部長であり、頭髪も薄く、見た目は冴えない。ある日、部下の「夢ヶ丘ユメミ」が遅刻するのだが、原因は痴漢に遭い警察へ行っていたからだという。それに対し小山田は服装の問題だと叱責。そこへ割って入ったのがユメミの先輩である「岡磯辺マキ」。マキは唐突に「私は小山田部長がめちゃめちゃにされるエロ同人を描きます」と宣言。ここまでが1頁目なのだが、小生はこの時点で本作にドハマりした。実にテンポ良くシュールな世界に引き込んでくれるからだ。

 しかし、なぜマキは小山田のエロ同人を描くと言ったのか。いわく「部長がスーツで眼鏡だからです」と。その意味がわからない小山田は、「スーツも眼鏡も君たちのためのものじゃない!  私が自分のために着ているんだ」と反論。しかし、彼はここで気づくのだ。ユメミたちの服装も彼女たち自身のために着ているのであり、それで痴漢されても仕方ないなどといわれる理由はないのだと。

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 小山田は己の過ちに気づき、ユメミとマキに頭を下げた。とはいえ結局、小山田の同人誌はマキの手により発刊されてしまうのだが…。

 さらに小山田は、マキが薦める乙女ゲームを嗜むようになる。乙女ゲームとは女性視点で繰り広げられる恋愛ゲームだ。今まで時代小説と登山が趣味だったためにゲーム自体の経験がなく、むしろ馬鹿にしていたのだが、プレイを続けるうちにゲームの主人公にすっかり感情移入してしまう。努力が実る達成感と、キャラクターたちとの交流に心を奪われたのだ。思えば小生もそうしてゲームにハマっていった覚えがあり、あの頃の一途な気持ちが懐かしく蘇った。

 ゲームを覚えた小山田だが、今度はユメミに連れられ、ファンイベントの男性声優握手会にも出陣するようになる。そして、その声優に対し「君の荒削りかつ緻密な演技にはどこかクロサワ映画の風を感じる、名役者・三船を思い出したよ」と応援。自身の人気があくまで演ずるキャラクターへのものではないかと悩んでいた声優は、その言葉に力づけられ迷いを断ち切る。すでに小山田は自らの想いで、ファンとしての道を歩み出していたのだ。

 一方、マキはそんな小山田の成長ぶりをネタに、次々と小山田エロ同人コミックを発表していく。しかも内容は小山田が織田信長や有能な執事、または電柱や北欧家具とも恋愛を繰り広げる凄まじいネタばかり。いわゆる「腐女子」向けなのだ。さらには冬のコミケで、小山田当人を売り子にして頒布するエスカレートぶり。だが、小山田自身もファンとの交流に充実感を覚えていくのである。本作は連載が続いており、読者も「もしかすると自身が同人誌に目覚める日も近いのか?」と期待してしまうのではないだろうか。

 実は、当初は本書を「コアな読者層向け」だと思っていた。だが実際は、ライトな読者層にこそ小山田とともに「好き」を極めることの喜びを感じてもらえるのでは、と思うようになった。小生自身が、如何にしてサブカル趣味を嗜むようになったかを思い出す。読者の方々も、気になっているがためらってしまう「好き」のジャンルがあるのなら、思い切ってそこに飛び込んでみれば良い。きっと新しい世界が広がるはず!

文=犬山しんのすけ