駅のホームの「ベンチの向き」が変わってきた理由
更新日:2019/4/22
駅のホームにあるベンチは、線路の方を向いているのが普通だった。こうすれば、電車や列車が到着したとき、すぐに車両が目に入り、立ちあがって乗車するのに便利だからである。ところが、関西を中心に、ベンチの向きを90度転換し、線路とは垂直に変更したものが増えている。
これは、酔っ払い客の「ホームから線路への転落」を防止するのが目的だという。綿密な調査の結果、線路へ転落する事故は、ホームすれすれのところをフラフラ歩いていて落ちるというよりは、ベンチから立ち上がって一直線に電車のドアに向かったつもりが、電車の到着直前であることに気づかず転落してしまうケースが多いためだという。そこで、ベンチの向きを変えてみると一定の効果がみられたのである。
こうしたことから、JR西日本をはじめ、関西の鉄道の駅で行われたホーム上のベンチの向き変更は、最近では首都圏のいくつかの駅でも導入され、続々と増える傾向にある。ホームドアがあれば関係ないのでは、との意見もあるけれど、まだまだすべての駅にホームドアが設置されているわけではない。それに、ホームドアが設置されれば、ベンチの向きを元に戻すということではなく、安全対策の一環として、ホームドアの有無とは関係なく向き変更を続けていくようである。ただし、駅によってはホームが狭かったり、混雑が激しく、スペースの関係で新しいタイプのベンチを設置することが難しい駅もあるので一律に変更できないこともあろう。
ベンチの向きが通常通りでないのは、酔っ払い対策だけではない。例えば、長野県を走るJR篠ノ井線の姨捨駅は、ベンチが線路と反対の方角を向いている。この駅は、日本の鉄道三大車窓の絶景が眺められる駅なので、列車待ちの利用者が絶景を座って眺められるようにとの配慮から、このようになったのだ。
富士急行線の富士山駅には、富士山がきれいに眺められるビューポイントがあり、ホームには富士山が見える方向にベンチが置かれている。ホームの両側に線路があるけれど、一方の線路には背を向けることになる。ベンチの形状も洒落たもので、駅のデザインを担当したのが、車両デザインで有名な水戸岡鋭治氏だと聞けば納得である。
ベンチの形状といえば、東京メトロ各駅の新しいベンチには、椅子と椅子の間に荷物を置けるスペースを設けているものがある。荷物を持った人の中には、隣の椅子を荷物置き場にして、座りたい人がいても平気でいてマナー違反をしていることがよくあるので、その対策であろう、このちょっとしたスペース設置は気が利いていると思う。大きな荷物には対応していないけれど、ビジネス用の鞄や買い物袋くらいなら充分置けるスペースである。よく見ると、傘や杖を置ける半円状の穴もあり、様々なニーズに対応しているのが秀逸だ。どんどん増えていって欲しいと思う。路線によっては、ベンチが少ない駅もあるけれど、高齢化対策として、スペースが確保できるのなら、ベンチは増やしてほしいものだ。
■ユーザー心理を巧みに取り入れた設備はほかにも…
人間の行動心理を応用した駅設備といえば、ベンチの他にホーム先端のCPラインと呼ばれる赤系統のラインがある。酔っ払いのみならず、歩きスマホで注意が散漫になっている人にも転落の危険など注意喚起するもので、色彩心理学(Color Psychology)を応用したことからCPと呼ばれ、最近増えている。ラインのほか、ホーム端の天井から吊るされた青色LEDのライトも飛び込み自殺を防ぐ心理効果があるとのことだ。
心理的なものに関連して、目の錯覚を利用したトリックアート的な錯視サインが京急の羽田空港国際線ターミナル駅に登場し、話題となっている。これは、床に貼り付けた絵が立体的に見えるのを利用して、効果的な案内板とするものだ。混雑した場所に立体物を設置すると歩行の邪魔になるし、障害のある人にとっては躓いて転倒したりと危険もともなう。そこでトリックアート的な、浮き上がるかのように見えて目立つ案内板の登場となったものだ。これまたよく考え抜かれた設備だと思う。
最近、2020年の東京五輪開催を見すえて、都内の駅改良工事がいたるところで進んでいる。斬新なデザインや気品ある調度品、デジタルサイネージを用いた電子掲示板など工夫されたものも多いけれど、それだけではなく、利用者の心理を上手く取り入れた設備も増えている。さらにどんなものが登場するのか、車両ばかりではなく、駅構内の刷新にも目が離せない状況がしばらく続いて行くようだ。
文=citrus 旅行作家 野田隆