女優・松井玲奈のデビュー短編集『カモフラージュ』の魅力とは? ホラー怪作からエロティシズムに満ちた一編まで!

文芸・カルチャー

更新日:2019/5/23

『カモフラージュ』(松井玲奈/集英社)

 NHK連続テレビ小説『まんぷく』に出演していた女優・松井玲奈さん。これまで、型破りなストーカー女子や鉄道オタク、ミステリアスな売れっ子女優など、実にさまざまな役柄を演じてきた。カメレオンのようにありとあらゆる表情を見せてきた松井さんを支えているものは、独自の観察眼なのではないか。それを裏付ける材料となったのが、4月5日(金)に発売された、松井さんのデビュー小説『カモフラージュ』(集英社)だ。

 本作は6編の小説を収録した短編集。恋愛に思い悩むOLからメイド喫茶で働く18歳の女の子、イマドキの男性YouTuber3人組に、怪現象に怯える小学生男子まで、主人公となる人物の属性は幅広い。しかも、すべてが一人称で綴られており、キャラクターや目線の違いが見事に書き分けられている。

 たとえば、「ハンドメイド」で描かれるのは、彼女がいる上司との恋に苦しむOLだ。お弁当作りを日課としている彼女が、上司の前で“女”になれるのは、ホテルの一室で、だけ。会える日にはお弁当を作り、ラグジュアリーな空間で同じものを食べる。その一方で、不倫をしている友人には苦言を呈する。まるで、自分自身に問いかけるように。

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 また、小学生の男の子を主人公とする「ジャム」は、ホラーテイスト満載の一作。お父さんの後ろに“真っ白なお父さんたち”を見てしまった〈僕〉は、その正体を探るが、ひょんなことからそれを知ってしまう。〈お母さん〉に教えられた秘密、そしてその得体の知れない怪異を“処分する”さま。グロテスクでもあり、美しさも感じさせる筆致に惚れ惚れするだろう。

 このように、本作に収録されている物語は、どれも趣が異なる。痛みをともなうラブストーリー、エロティシズムに満ちたフェティッシュなエピソード、挫折から立ち直る青春モノ……。さまざまな物語を楽しめることはもちろん、松井さんの作家としての手腕に脱帽するはずだ。

 いずれのエピソードにも「食」が関係していることも興味深い。それは同じものを食べることを通じて“秘密を共有する”という関係の暗示であったり、果物の食べ方に魅せられてしまった男の苦悩であったり、はたまた、衛生観念の相違による恋の終わりと呪縛であったりと、文脈においてさまざまな使い方がされている。共通するのは、「食べるということは生きるということ」だ。松井さんは「食」を通して、人の生き様を見つめ直そうとしているのではないか。そして、誰もが“カモフラージュ”して生きていることを、ひとりの作家として暴き出そうとしているのではないか。

 そう考えると、「ハンドメイド」のOLも、「ジャム」の男の子も、みんなとある結論に達していることに気がつく。それは哀しい結論であることも多いが、なかには「拭っても、拭っても」で描かれるアラサーの〈ゆり〉のように、前向きに生まれ変わるような終わりを迎えることもある。みんなカモフラージュしていた自分自身に気づき、脱皮するのだ。

 刊行にあたり、松井さんは以下のようなコメントを寄せている。

“この度、短編集『カモフラージュ』を出版させていただくことになりました。六編の「食」に関わる不揃いな物語がずらっと並んだとき、ふと、それぞれが化けの皮を被っているような感覚になりました。人は何かしら他人には見せない部分があります。それは心のうちに秘めるものだったり、その人のもうひとつの顔だったり。こぼれ落ちてしまいそうな人生の端っこたちを集めました。ぜひ、楽しんでもらえたらと思います。”

 確かに、本作に登場する人物たちのように、誰にだって他人には見せない、見せられない一面がある。それはときに驚異的でもあり、愛おしくもある。だからこそ、人間は面白い。松井さんは本作を通して、そんな人間のおかしみを描こうとしているのだ。

 そして、それができるのも、女優としての蓄積があったことは無関係ではないだろう。日々、人間を観察し、役柄として他人の人生を歩む。本作は、そんな松井玲奈にとっての、“新しい一面”だ。

文=五十嵐 大