キャリアVSノンキャリアなんてありえない!? 元警察官僚のミステリ作家が教える警察の真実
更新日:2019/6/13
いまや、取調室でカツ丼を提供するのは厳禁らしい。なぜなら「あのとき特上のカツ丼が提供されたから、やってもいないことを/知ってもいないことを自白してしまったのだ」と抗弁されてしまう可能性があるから。〈というか私が弁護人なら、そういう便宜供与をまず捜します〉という言葉の説得力は、警察大学校主任教授まで務めた元警察官僚のミステリ作家・古野まほろさんだからこそ。『警察用語の基礎知識 事件・組織・隠語がわかる!!』(幻冬舎)は、古野さんが警察という組織をひもといていく、実務的かつエンターテインメント性の高いエッセイだ。
●古畑任三郎ってどれくらい偉いの?
古畑任三郎といえば、三谷幸喜氏が生み出した名物刑事。だがそのタイトルが『警部補・古畑任三郎』だったことをどれくらいの人が覚えているだろうか。古野さんによれば、この警部“補”というところに三谷氏のこだわりを感じるという。警部補とは、キャリアが与えられる最初の役職で、会社でいえば「係長」に相当する。管理職じゃないので事務仕事に縛られることなく、現場の長なので実働指揮官として采配をふるうことができる。ベテランほどひねくれると扱いが大変なクセのある役職なのだという。というわけで、古畑のキャラも実は突飛ではないのだとか。ほかにも十津川や銭形を例に、意外なところに潜んだフィクションのリアリティを教えてくれる。
●キャリアとノンキャリアの対立はありえない!?
「対立構造」は警察ドラマにおける格好のネタ。とくに描かれがちなのはキャリアVSノンキャリアだが、本格ミステリ書きであり、典型的な警察小説は読まない・書かない古野さんからすると「聞き及ぶ限り、ほとんどが荒唐無稽」で「勘弁してくれよ…」というものが多いという。「我が国警察の現状を踏まえると、キャリアとノンキャリアの対立というのは、ほぼ無いか、仮にあっても極めて例外的なシチュエーションに限定される」とか。まじか!と驚く読者も多いだろうが、がっかりすることなかれ。本書で説明される理由を知れば、より警察組織が身近なものに感じられ、単純でわかりやすい対立よりも深い「組織としての人間ドラマ」が見えてくる。
●正義の警察官が、なぜ不良化するのか?
かつて内野聖陽さん主演の「ゴンゾウ 伝説の刑事」というドラマがあったが、ゴンゾウとは古野さんいわく「あえて一言で表現するなら『不良警察官』」。だが実際には、仕事ができないとか、口ばっかり達者の屁理屈者とか、態度がでかいとか、さまざまなニュアンスが込められているという。「元々『正義』『漢気(女気)』にセンシティブ」だという警察官が、なぜゴンゾウになってしまうのか? そして「警察一家」から外れたゴンゾウに、組織はどんな対応をするか…解説を通じて、「警察の本質」にも触れている。
ゴンゾウだけでなく、タイトルどおりさまざまな隠語や、「被疑者と容疑者」「任意と強制」「参考人と重要参考人」など、フィクションを通じてなんとなく知ったつもりになっている用語の解説、事実と誤認している本当の姿についてさまざまに解説した本書。ミステリ好きも、警察そのものに興味のある人も、十分に好奇心と知識欲を満たしてもらえる1冊である。
文=立花もも