松尾豊×斎藤由多加×原田まりるのクロストーク! AIと人間がうまく共存するために必要なこととは
公開日:2019/4/15
近未来の京都を舞台に、「性交渉機能搭載人型汎用AI」と結婚した30代サラリーマンの日常をコメディタッチに描いた小説『ぴぷる』(KADOKAWA)。著者である原田まりるさんは哲学ナビゲーターとしても活躍しており、作中では単にAIと人間とのやり取りの面白さを描くに留まらず、「コミュニケーションの本質」へと迫ってみせた。
言葉を交わすだけがコミュニケーションなのか。相手を本当に理解することとはなんなのか。空気の読めない人間と、それを読んでいるように見せかけているAIとでは、どちらがよりシステマティックなのか。随所に散りばめられた原田さんの問いかけは、現代を生きる人間にとって、ときに胸を抉るような鋭さを持っている。
そんな意欲作『ぴぷる』が発売されたことを機に、先日開催された「コンテンツEXPO東京2019 第5回先端デジタルテクノロジー展」では、「AIとの付き合い方」と題したセミナーが催された。イベントに登壇したのは原田さんの他、人工知能研究の第一人者であり、『ぴぷる』の取材協力もした東京大学大学院 工学系研究科 特任准教授・松尾豊さん、そして音声認識を活用したペット育成ゲーム「シーマン」の生みの親である斎藤由多加さんの3名。作家、研究者、ゲームクリエイターと、異業種の3人が「AI」という共通テーマについてのクロストークを繰り広げた。
■“理解しているフリ”によって、人間は感動する
最初の議題は、「フリをする技術」について。『ぴぷる』の作中には以下のような一文が登場する。
“AIはね、知的に振る舞える人工的なシステムだよ”
人工知能はあくまでも“システム”であり、“知能”ではない。知能がある“フリ”をしているだけ。この一文はそう読み取れるが、原田さんがそこにこめた想いを語りだした。
原田さん:アカデミックな方々がAIをどのように解釈しているのかというと、人によってニュアンスが異なるんですが、お話を伺うなかで、この「知的に振る舞えるシステム」という表現が一番しっくりきたんです。『ぴぷる』のなかには発達障害気味の子が登場するんですけど、その子は相手に共感することが苦手で。相手の反応に対し、「こういうときには、こう返せばいいんだ」と後天的に学習し、ただその通りに振る舞っているんです。じゃあ、それってAIとどう違うんだろう、と。そこを突き詰めたくて『ぴぷる』を書いていったんです。
原田さんが綴った「AIはね、知的に振る舞える人工的なシステムだよ」は、松尾さんの琴線にも触れたそう。
松尾さん:人工知能の分野でも、知能を振る舞いで定義するかどうかという議論が交わされているんです。外から見てちゃんと振る舞っているということと、本当に意味を理解して処理しているということとは別である、と。そのうえで『ぴぷる』では、「知的に振る舞える」という外から見た反応を人工知能の定義としているんです。でも、これから先技術が進歩して、人工知能がどこまで意味を理解して振る舞えるようになるのか、そうなったときに人間とAIとの差はどこにあるのかは整理していく必要があるでしょうね。
AIは本質を理解していない。そう定義すると、AIと向き合う人間は虚しいだけではないだろうか。そんな疑問が頭をもたげてくるが、それに対し、斎藤さんが興味深い話をしてくれた。
斎藤さん:エンタメ畑は予算も少ないし、本格的な研究開発なんてできないんです。だからこそ、「フリをする技術」を取り入れるしかない。でも、「シーマン」をリリースしたときに、プレイをしていた主婦の方からこんな感想が寄せられました。「シーマンから、『主婦業頑張れよ』と言われました。普段、夫からもそんなことを言われたことがない。本当に涙が出ました」と。でも、これは「シーマン」がプレイヤーにした「あなたの職業はなんですか?」という質問への答えを覚えているだけであって、プレイヤーの気持ちを理解して発言しているわけではないんです。「シーマン」はすべてのプレイヤーに同じことを言うわけで。だけど、この主婦の方は感動をした。ぼくはそれでいいと思っているんです。AIがこちらのことを理解しているように見えたとして、それが誤解であったとしても、人間は勝手に解釈をして感動をする。それが「フリをする技術」ということだろう、と。
これはペットに置き換えるとわかりやすい。たとえば、飼い犬が手をペロペロと舐めてくれたとき、こちらを慈しんでくれているのだと癒やされる人は多いはず。しかし、本当のところは、手についたお菓子のクズを舐めているだけの可能性だってある。そこには大いに誤解がある。ただし、それも加味することが、AIとうまく付き合っていくためには必要なことなのだろう。
■コミュニケーションのカギは「人間らしさ」
ここで、斎藤さんがこのイベントのために制作したAIシステムが披露された。このシステムは話者の言葉を覚え、要望に応じて文法を変えて返答するというもの。「ぼくは今日、カレーを食べる」といった簡単な言葉を、過去形や推定系、否定形、疑問系などに変換し、オウム返しするのだ。
斎藤さんによると、この「オウム返し」がコミュニケーションの基本だという。
斎藤さん:人間同士の会話も、基本的にはオウム返しで成り立っているんですよ。たとえば、会話のなかで「ぼくは56歳なんですよ」と言ったとき、相手は「斎藤さん、56歳なんですね」と返しますよね。そこに驚きや疑いなどのニュアンスが加わるだけで、言っていることは同じ。そこで大切なのは、驚きや困っている様子などのニュアンスを伝えるために「メロディ」に乗せることなんです。
言葉にニュアンスを含めることが、「人間らしさ」のカギ。AIがより人間らしく振る舞うためのポイントとも言えるだろう。
原田さん:クレーム対応にも通ずるところがありますよね。クレームをつけたときに、即座に返されてしまうと「機械的」と感じてしまうけれど、「うーん」とか「えーと」とか困っている様子が伺えると、とても人間らしいと感じられる。AIを相手にしたときも、そういう「人間っぽさ」が入っていると、人は満足できるのかもしれません。
松尾さん:そもそもぼくらがまだ猿だった頃は言葉なんてなくて、怒りの警告音や求愛の声などを「音」で伝えていたわけです。それが進化にともなって言葉が生まれて、一つひとつの単語に「意味」を乗せて喋るようになった。でも、元々は「感情」を乗せる方が先で、「意味」は後付けだったはずなんです。でも、AI開発の現場ではそこが忘れられていて、感情というニュアンスよりも、意味という「解」ばかりを追求しているかもしれないですね。
そこからトークテーマは日本語の文法論へと発展。主語を省略したり曖昧になったりしがちな日本語を用いてAI開発を進めるのには限界もあるため、斎藤さん曰く、「AIの開発のためには、もっと便利に文法を作り直す必要がある」とのこと。
■うまく騙してくれれば、それが共感につながる
そして、最後のセッションでは、ズバリ「共感するAI」について議論が交わされた。あくまでもシステムであるAIと共感。まるで相反するような印象だが、原田さんは『ぴぷる』を書いて見えてきたことがあるそうだ。
原田さん:『ぴぷる』ではAIが共感を示すために、表情を使えるように描きました。「幸せなときには笑うもの」と定義付けすることによって、AIがそう振る舞うんです。ただ、そこで気になったのが、AIが認識している世界と人間のそれとの違い。人間って、世界を言葉で認識していると思うんです。たとえば、目の前に「A5ランクのお肉」があったら、それをおいしそうと感じるけれど、「A5ランクのお肉」という言葉やその意味を知らなければ、ただの気持ち悪い物体じゃないですか。では、AIはお肉をどう認識しているのか。きっと私たち人間とは違う見方をしているはず。そして、それに気付いたとき、人間はAIとの隔たりを感じて哀しくなってしまうとも思うんです。だから、最初のお話に戻りますけど、AIはうまく振る舞って、人間を騙すことで、それが共感につながっていくんじゃないかな、と。
最後には参加者から寄せられた質問にも独自の見解を述べた3人。わずか1時間のイベントだったが、非常に密度が濃く、参加者も一様に満足しているようだった。
AIと人間がうまく共存する未来は訪れるのか。いまいちど、『ぴぷる』を読みながら、そう遠くはないであろう未来に思いを馳せたくなるイベントだった。
構成=五十嵐 大
【プロフィール】
原田まりるさん
1985年生まれ。京都府京都市出身。作家、哲学ナビゲーター。2016年9月、初小説『ニーチェが京都にやってきて17歳の私に哲学のこと教えてくれた。』を刊行し、第5回京都本大賞を受賞。2019年2月には『ぴぷる』を上梓。
松尾豊さん
東京大学大学院 工学系研究科 特任准教授。2015年に出版した『人工知能は人間を超えるか ディープラーニングの先にあるもの』が、国内における第3次人工知能ブームのきっかけとなる。他の著書に『人工知能はなぜ未来を変えるのか』など。
斎藤由多加さん
ゲームクリエイター。1994年に発売したゲーム「TOWER」が大ヒットし、全世界で100万本以上売り上げる。その後、1999年には音声認識を活用した「シーマン」を発表。特異な世界観が社会現象を巻き起こす。