イチロー選手もムッとした!? つまずきやすい日本語を知って誤解を防ぐ!

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更新日:2019/5/7

『つまずきやすい日本語(NHK出版 学びのきほん)』(飯間浩明/NHK出版)

 そういう意味で言ったのではない、その言葉はどういう意味なのか…。誰もが会話の中で、多かれ少なかれ、傷つき傷つけ合っている。特に、新年度が始まって新しい人間関係の中で、言葉の歯がゆさを感じている人は少なくないだろう。脳内で考えや意図を齟齬なく伝え合えればいいが、それができるのはSFの世界。現実では、不安定な言葉を使って伝え合うしかない。

 突然だが、あなたは次のように言われると、どのような印象を受けるだろうか。

A「いやあさすが、◯◯さん、健在なりですね」

B「ここは私がおごるからね」

 いかがだろうか。肯定的に捉えた人がいれば、否定的に捉えた人もいるだろう。

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 この2つは、『つまずきやすい日本語(NHK出版 学びのきほん)』(飯間浩明/NHK出版)で使われている例文の一部だ。Aは、正確に引用すると「いやあさすが、イチロー健在なりですね」。日米野球でMVPを取ったイチロー選手に、アナウンサーがインタビューをした際に切り出したセリフ。当のイチロー選手は、これに顔をゆがめ「勘弁してくださいよ。ぼくはいつだって健在のままなんですから」と吐き捨てた。このセリフのポイントは「健在」の言葉だ。健在は、字面を見れば「健やかに在る(すこやかにある)」ということで、称賛する言葉のように思える。しかし、『三省堂国語辞典』にあるように、健在には「(おとろえたかと思われたが)まだじゅうぶんに力があるようす」の意味がある。目覚ましい活躍を続けるイチロー選手は、「自分の能力を低く見られた」と受け取ったものと推測される。

 Bについても、「おごる」に解釈の差がある。『新明解国語辞典』を引いてみると、「自分の負担で、同席者の飲食代を支払う」という客観的な意味のみで、特に価値観は含まない。しかし、『三省堂国語辞典』には「(自分のおかねで)ほかの人にごちそうする」とあり、美味しい食事を“ふるまってあげる”という価値観が付属した意味合いが強い。「ここは私がおごるからね」と他意なく言ったところ、相手の女性から「そういう偉そうな言い方はやめて」とピシャリと言われる可能性がある。

 本書によると、これはどちらの捉え方が正解か、という議論で解決すべき問題ではない。なぜなら、言葉は変化するものだからだ。言葉は年月とともに変化したり、人によって使い方に差異があったりする。

 例えば、「かける(掛ける)」という言葉は、本来は「壁に鏡をかける」のように引っ掛ける意味、または「ふとんをかける」のようにかぶせる意味などで使われていた。しかし、時代が進みアイロンやコピー機、さらにはリサーチという物や事が登場し、「かける」の用法は拡大してきた。世代間で、その言葉の「脳内辞書」に違いがあって当然なのだ。

 また、例えば「ばか」という言葉を見るとわかりやすいが、地域性や世代、人間関係、時と場合によってニュアンスが激変する。ある時は「愚か者」の意味になり、またある時は「可愛いあなた」の意味になる。「この言葉は、辞書にこういう意味である」と個人の固定観念を押し付け、「だから自分が正しい。君が間違っている」という論は危険だ。さきほどの例で紹介したとおり、辞書ですら解釈が微妙に違う言葉は山とある。

 人は、言葉を使わなければ伝え合えないが、言葉は欠陥品である。では、傷つき傷つけ合わずに会話を成立させる方法はないのだろうか。本書によれば、100パーセント回避する方法はないが、齟齬を減らす努力はできる。

 その1つ目は、念を押すこと。人は「自分の言うことを理解してくれる」という前提で話す。しかし、前述のとおり、相手は言葉を100パーセント正確には理解しない。これを予想して、念を押すのだ。ここは誤解されたくない、というポイントでは、2度言う、繰り返す、「ここは誤解しないでください」などと強調すると良い。

 聞き手も同様に努力できる。相づちを打つときに、自分が正確に言葉を受け取っているか、重要部分をなぞると良い。

「先日、母と旅行に行きましてね」「ああ、お母さんと。いいですね」
「それで、京都に2泊したんです」「京都ですか。ちょうどいい時期ですもんね」
といった具合だ。

 2つ目は、多義的な言葉を排除すること。これは特に「書くとき」になるが、多くの意味に解釈される言葉や表現は、1つの意味になるようにする。本書は例文として、言語研究家の中村明裕氏が考案したフレーズを紹介している。

「頭が赤い魚を食べた猫」

 さて、これはいずれの意味だろうか。つまり、頭が赤いのは魚なのか、猫なのか。こういった多義的な言葉に気付き、排除あるいは書き直しをすることが大切だ。

 そして、最後に会話のトラブルを減らす最も重要なことを紹介する。それは、自分の脳内辞書と、相手の脳内辞書は、書いてあることが違うということを理解し、受容しようとすることだ。相手が「的を得る」「了解しました」という言葉を使い、自分が違和感を覚えたとしても、寛容の精神で受容することが大切だ。そうしなければ、会話のトラブルを起こしてしまうばかりか、自分が誤っていると指摘され、不利な立場に追い込まれることにもなりかねない。そう、「的を得る」「了解しました」も、解釈によれば正しい言葉だからだ。

 会話のトラブルに悩む諸氏は、本書を手にとってもらいたい。「的を得る」「了解しました」のくだりにヒヤッとした方も、ぜひ。

文=ルートつつみ