映画史に輝く『男はつらいよ』は、心に効くサプリ。全48作の癒し効果を即効性と持続性に分けてそれぞれ一挙紹介するガイド
公開日:2019/4/24
子どもの頃、映画『男はつらいよ』シリーズを観て、「フーテン」なる生き方があると知った。親に聞くと、瘋癲(ふうてん)とは「仕事もせずにぶらぶらとしている人」だという。そんな親からは、フリーライター稼業の筆者も、寅(とら)さんのお仲間に見えているのかもしれない。
しかし残念ながら、フーテン人生は真似できても、寅さんにはなれない。なんといっても、彼はシリーズ合計48作品という、世界の映画史上にも燦然と輝く金字塔を打ち立てた国民的映画のヒーローなのだから。
■なぜ「男はつらい」のか? その隠された真相とは?
この映画シリーズがそれほどまでに人々から愛されてきたワケを、「全作品に心に効く効能が豊かに含まれているから」と解くのは、心理カウンセラーのこまものやよさぶろう氏。
そして、寅さんシリーズ全48作品をつぶさに分析し、各作品が含有する“心に効く成分・効能”をまとめたのが、『「男はつらいよ」の効能書き [全48作]をもっと心に効かせる鑑賞ガイド』上・下巻(こまものやよさぶろう/講談社)である。
本書は、シリーズ全作を“心のサプリメント”に見立ててガイドするという、じつにユニークな試みであり、寅さん映画ならではの鑑賞ガイドだ。では、まず上巻の内容を紹介しよう。
上巻冒頭で著者は、「なぜ男はつらいのか」とのタイトルで、寅さんという人物の背景に言及する。そして、「啖呵売(たんかばい)」と呼ばれる、今でいう実演販売士のような、ちょっとグレーな物売りの仕事をする寅さんはあくまで仮の姿であり、「侠客(きょうかく)」こそが真の姿だと記す。
侠客とは、単なるやくざ者やフーテンではない。「世俗と我欲を捨て、悪しきをくじき、弱きを助ける人」である。その修行や男磨きとしての渡世には、苦渋が満ちている。決して、女性に振られてばかりいるから「男はつらいよ」ではないのである。
■「異母妹のさくら」にはどのような効能が?
他にも上巻には、寅さんや映画全体、さらにレギュラー登場人物の分析から、それぞれの心に効く成分・効能も解説している。
例えば、寅さんにとってかけがえのない存在である、「異母妹のさくら」(演じるのは倍賞千恵子)には、どのような効能があるのだろうか。著者はこう記す。
“さくらの効能をひと言で言えば、「母性のやさしさ」です。
さくらがいちばんやさしくなるのは、満男や博に対するときではなく、旅立つ寅さんを見送りがてら、二人きりになってしみじみ語り合うときです。そのときさくらは子ども時代と変わらない本来の自分に戻り、やさしさが全身を桜色に染めるのです。
そういうさくらの声を聞いていると、そのやさしさに心を癒されます。”
山田洋次監督本人も思わず心を動かされてしまいそうな、さくら論ではないだろうか。本書の魅力は、鑑賞ガイドとしてのおもしろさや実用性のみならず、著者の言葉の数々からも、たくさんの癒しが得られることにある。
さて、上巻ではさらに映画第1作から第23作までの作品ごとの成分・効能解説が展開される。各作品紹介には、あらすじなども記されているので、まだ作品を観ていなくても、読みものとしてページを進めることができる。
■「お薦め鑑賞コース全22」がスゴい!
下巻では、「男はつらいよ」に登場する定番背景である舞台(東京都葛飾区柴又)や、寅さんが毎回作品の冒頭で見る夢の「夢分析」、そして映画第24作から第48作目までの紹介、さらにとても興味深いコーナーがある。
それが、「お薦め鑑賞コース全22」である。このコーナーでは、「とにかく笑いたい」「とにかく感動したい」「とにかく癒されたい」など、目的に合わせた鑑賞コース(およそ7~8作品)を教えてくれるのである。
なにがスゴいって、全作品をここまで細かく分析した著者の探究心だろう。もう脱帽の一言しかない。でもなぜ、著者はそこまで深く追究するのか。それはきっと、このシリーズには「現代の日本社会が見失っている様々な要素があるから」であり、「今こそ幅広い世代で観るべき映画」だからだ。
今後、DVDをレンタルなどする機会があれば、毎回1本ずつ寅さん映画も借りてみよう。今はそんな気分じゃない、とか、何を観たらいいかわからない、という人はぜひ、本書を手にしてみよう。すると、きっと寅さん映画がものすごく観たくなる──、そんな魔法をかけてくれる本なのである。
文=町田光