老後破産におびえる夫婦が一軒家をもらえることに!現代社会の問題を笑いとともに描く
更新日:2019/5/10
近年、「老後破産」という言葉をよく見かけるようになった。定年退職後、国から支給される年金だけでは生活できず、貯金も底をつきてしまい、実質的に破産状態になることをさす言葉だ。そもそも受け取れる年金額が少ないということだけでなく、予期せぬ病気にかかったり、現役時代の生活水準を落とせなかったりすることも破産の原因につながる。そのため、定年まで真面目に働き続け、十分な貯蓄がある人であっても老後破産に陥る可能性があるという。『お家あげます』(沖田正午/実業之日本社)に登場する宇奈月亜矢子も、そんな老後破産におびえるひとりだ。
時代小説家の神田仁一郎(66歳)と妻の宇奈月亜矢子(53歳)は、以前居酒屋で一度会っただけの女性、松岡美樹から富士山麓の一軒家をもらってほしいとの申し出を受ける。そこは亡くなった美樹の祖父、天野清吉が住んでいた家で、自分の死後、仁一郎に家を好きに使ってもらうことが彼の大ファンだった清吉の願いだという。作家としての収入は少なく将来に不安を覚えていた亜矢子は、もらった家を売れば老後の資金も安心だと胸を躍らせる。しかし直後、仁一郎に癌が発覚、さらには家の相続問題が持ち上がって…。
本書は時代小説家である著者、沖田正午氏が初めて現代を舞台にした書き下ろし作品になっている。
作品内では、家の譲渡を中心としたストーリーの中で、現代人が抱えるさまざまな問題に触れている。例えば、故人の家の譲渡において避けられないのが相続の問題。美樹は勘当され行方知れずとなった従弟を除き、家族の同意を得たうえで亜矢子たちに譲渡の話を持ちかけているというが、本当に問題はないのだろうか。
また、美樹の口からは、生前の清吉の暮らし、老々介護の現実が語られる。清吉の妻、房江は76歳で認知症の診断を受けた。その2年後に房江は転倒して足を骨折、車椅子生活となり、清吉の本格的な介護生活が始まる。食事の世話から下の世話まで行う清吉の献身さに、自分にも同じことができるだろうかと考えてしまうのは亜矢子だけではないはず。老々介護は房江が肝臓癌で亡くなるまで続く。医師から延命治療をするか決断を迫られた清吉。自分にとって、そして病気の当人にとって最良の選択をするのは簡単ではない。
美樹からこの話を聞いた数日後、仁一郎にも癌が発覚する。病気の心配に加えて、やはり気になるのはお金の問題。貯金はほとんどなく、がん保険には未加入、県民共済しか入っていないため、亜矢子は今後の生活に不安を募らせる。入院・手術にかかる費用だけでなく、その後の治療費の問題や、仕事ができない間収入がなくなってしまう問題もある。将来の生活の前に、今をどう乗りきるか。美樹からの家の譲渡も含め、亜矢子たちはどのような決断を下すのだろう。相続・老後・病気・お金など、現代人の悩みがリアルに描かれているところがこの作品の魅力だ。
このようにたくさんの社会問題が描かれていながら、この作品は非常に読みやすい。それは、作品内で笑える要素がたくさんあるからだ。特に面白いのが亜矢子の単純で変わりやすい性格。美樹から家をもらってほしいという話を持ちかけられたとき、仁一郎が疑うのもかまわずすぐここに住みたいと言い出し、一軒家での生活に妄想を膨らませる。また、仁一郎の癌について医師から説明を受けるときも、医師が亜矢子を仁一郎の娘と間違えたことで、神経質そうな医師から頼もしそうな医師へと第一印象がすぐに変わる。ユーモラスな部分もたくさんあるため、重すぎる雰囲気になることがない。
現代人の社会問題を笑いとともに描いた本作。登場する問題の中には、将来自分が直面するものもあるかもしれない。
文=かなづち