両親に「愛してる」といえますか?人気コラムニストが語る変容する家族のあり方とは
公開日:2019/5/7
タイトルだけを見て、「この本、読んでみたい」と思うときがある。本書もまさにそうだった。『家族終了』(酒井順子/集英社)は、人気コラムニスト・酒井順子氏による変わっていく家族観について問いかける話題の一冊だ。『負け犬の遠吠え』(講談社)がベストセラーになった酒井氏の語り口はリズム良く、あっという間に読み終えてしまった。
50代の著者はパートナーと生活を送りながら、いまだ独身で籍は入れていない。彼女は両親と祖母、兄の5人家族の中で育ったが、みんなすでに他界してしまい生育家族のメンバーは自分以外いなくなったという。ちなみに、「生育家族」とは自分が生まれ育った家族のことを指し、一方、結婚して新しくできた家族のことを「創設家族」と呼ぶ。特にお互い距離が近かったわけではないが、生育家族がみんないなくなったときの喪失感はやはり大きかったそうだ。
著者には子どもがいないため、酒井家は彼女をもって「終了」となる。かつての日本では「家を存続させること」がとても大切で、長男は家を継ぐ、娘は外に嫁に出るという構図が当たり前のようにまかり通っていた。しかし、現代社会において、そのような意識が段々と薄れていく背景には一体何があるのかを著者は考察している。
祖父母の時代は、「所属」することがそのまま、幸福でした。幸福は個人として得るものではなく、家族なり地域なりといった所属団体として得るものだったのではないか。だからこそ、団体が消えてしまっては幸福を受け取ることもできなくなると思われ、家をとにかく続けていかなくてはならなかった。
その後時代が移り変わり、女性の社会進出や恋愛結婚が当たり前になることで、誰もが個人の楽しさを追求するようになる。そのようななかで家意識は薄れていったのだという。家族のあり方の変容について、著者が驚いたというエピソードが紹介されている。草津白根山が噴火した際、スキー場のゴンドラに乗っていた人たちがスマホで撮影していた。そこに映っていたのは、死を覚悟して父親に電話をかける、ある青年の姿だった。彼は父親に向かって「パパ、愛してるよ!」と言ったそうだ。いくら極限の状態だったとしても、いい年の男性が親に向けて「愛してる」という言葉を発したことに、違和感を通り越して度肝を抜かれたという。著者の友人たちにもそろそろ子育てが終わる人が多いそうだが、子どもと友達感覚で付き合っている親子が実に多いというのだ。大学の卒業式で息子が母親をお姫様抱っこする、人前でハグをするのもざらで、一昔前であれば「マザコン」と呼ばれていた部類の男性が、今は「ママっ子男子」と呼ばれているとも。一方の母親についても、「将来、息子が私から離れられなくなるように育てている」と公言するなど、確かに親子の関係は変わってきているようだ。
子どもが結婚して新しい家族が増えるときに「嫁」という存在が浮き彫りになる。「嫁」には、夫の家族の一員になる意味を含んでいるのだろう。夫に対しては「妻」が、夫の家族にとっては「嫁」になる。両親と別居している場合は、盆と正月にだけ「嫁」になればいいのだ。また、かつて嫁であった夫の母親は、一家に嫁が来ることで「姑」という存在にトランスフォームする。昔は姑の嫁いびりなども多く見られたそうだが、現代では嫁たちは大切に扱われている。たまに実家に遊びに行っても、「座ってテレビでも見てて」と甘やかされることも少なくないそうだ。
このように、本書には変容していく家族の姿がありありと描かれている。そして最後に書かれた「家族はいて当たり前ではない」との言葉が胸に突き刺さる。生育家族はいずれみんないなくなり、結婚・出産・子育てをしなければ新しい家族を作ることはできない。自分が成長できたのは両親の苦労があってのものなのだ。読み終わった後、毎日一緒に過ごしている家族に、心の中で「ありがとう」と言った。
文=トキタリコ