医療者がそこにいる。ただそれだけの事実が患者たちを勇気づける、難民や移民の現状とは?
公開日:2019/5/8
若い頃に観たアニメ映画で、忘れられない台詞がある。
「この街では誰もが神様みたいなもんさ。いながらにしてその目で見、その手で触れることのできぬあらゆる現実を知る。何一つしない神様だ」
まだインターネットが普及する前の作品だったが、SNSなどを通じて海外の様子を容易に知ることができる現代においては、なおさらこの台詞に含まれた寓意を考えさせられる。そんな時代にあって海外の、それも途上国に直接赴き医療に携わる活動をしている人々がいる。『国境の医療者』(メータオ・クリニック支援の会/新泉社)は、その活動に参加した人たちが綴るリレーエッセイだ。
執筆者たちが所属している団体「NPO法人メータオ・クリニック支援の会(JAM)」は、タイ北西部のミャンマー国境の町にある診療所「メータオ・クリニック」に、医療人材派遣から技術支援、看護人材の育成や保健活動などを行なっている。メータオ・クリニック自体は、ミャンマーからタイに逃れてきた医師らが開設し、軍事政権による迫害や弾圧などで逃れてきた難民、あるいは貧困によって医療を受けられない人々のために運営されており、患者は無償で医療を受けられる。
実は私は、この手の書籍を避けてきた。若い頃にボランティア活動に関わってきた自分自身を思い出すと、当時の私は明らかに足元が不安定で、いわばボランティア活動を自分探しの場としており、著者名は忘れたが海外での活動を記した書籍の中に同類の匂いを感じて、気恥ずかしくなったからだ。しかし本書を執筆したメンバーは、しっかりと地に足がついた人たちのようで、落ち着いて読むことができた。
やはり異文化のことを知るのは面白く、執筆者の医師が患者に注射をするとき「ちょっと痛いですよ」と言うと、通訳スタッフは「蟻さんが噛みますよ」と患者に伝えたそうだ。他にも、失恋話を聞いたときにはビルマ語で「アテー(肝臓)クエデー(壊れる)だよ」と教えられたという。英語では「ハート(心臓)ブレイク(壊れる)」だし、日本でも心が痛むというような表現をするけれど、ビルマ語では大好きな恋人のことを「スウィートハート」ならぬ「甘い肝臓」と表現するのだとか。
だが、現地の過酷な医療現場での出来事は、やはり甘くない。工場で働く出稼ぎ労働者が機械で指を切断して訪れた際は、日本でなら手術室を使ってもおかしくない重症なのにもかかわらず、処置室で済ませたという。しかも、事後の治療のために再訪を促そうにも、患者はブローカーに借金して仕事を紹介してもらっているため、怪我をするとクビになって借金が返せなくなることから逃亡して、二度と来ることはない。患者のためにしてあげたいと思っても、できない現実に執筆者は苦しむ。地雷で右腕を失い、顔にやけどを負った15歳くらいの少年の治療をした際に、思わず相手の背中をさすったら、その少年から「Never mind…」(気にしないで)と慰められたという。
今回の書籍を担当したJAMの医師によると、メンバーの中には一度も現地に行ったことのないスタッフもいるそうだ。しかし、日本にいるスタッフの支えがなければ、現地での活動はより困難だったろうと述べている。本書では活動資金の問題が語られていて、日本政府に打診しても軍事政権とはいえミャンマー政府との関係を良好にしておきたいから、ミャンマー政府に敵対していない診療所でも反政府組織を支援すると映ってしまう可能性があるため助けてもらえない。そこで、日本のODA(政府開発援助)での支援枠を利用して、あくまで日本政府が直接動くのではないという体裁を整えるために、日本のスタッフが奔走したことにより支援を取り付けることができたそうだ。
私は神様のつもりはないけれど、自分が傍観者であることはまぎれもない事実。それでも本書を読むことが支援の一つになるのではないか、と思うのはあまりに虫がよすぎるだろうか。じっと足元を見る。
文=清水銀嶺