「発表してきた漫画は私が作ったものではありません」――26歳漫画家のピュアで爽やかなタイムスリップ物語
公開日:2019/5/12
もしも時間を戻せるのなら、あの日、あのときをやり直したい。行き詰まったとき、そう考える人は少なくないだろう。あのとき、自分がこうしていれば、あんなふうに言わなければ、今、苦しまなくて済んだのに──『世界で一番早い春』(川端志季/講談社)の主人公・晴田真帆も、そんな後悔を抱えているひとりだ。
真帆は、大ヒット作を完結させた26歳の漫画家。新連載を始めようというある日、彼女は、担当編集者に一通の手紙を送る。「これまで私が発表してきた漫画はすべて私が作ったものではありません」。そう、真帆が描いていたのは、“ある人”が作った原案に基づく漫画だったのだ。
その“ある人”とは、10年前、高校の漫画部に所属していた先輩の雪嶋だ。
初対面の雪嶋の態度に面食らう真帆だが、彼の鉛筆の音がする部室は、居心地のいい場所だった。そんな真帆と雪嶋に変化が起きたのは、夏休み明けのことだ。
雪嶋がこちらを見てくれたことがうれしく奮起する真帆だが、漫画一筋でやってきた雪嶋との差は開くばかり。ひとりで描いているときは、ちょっとばかり自信もあった。その自信が打ち砕かれたのは、雪嶋の存在を知ったからだ。焦った真帆は、「描けねぇって立ち止まるより恥ずかしくてもできることやるしかねぇだろ」と正論を吐く雪嶋に、ひどい言葉をぶつけてしまう。
口にしたことを悔やむ真帆だが、謝る前にやることをやらなければと、出版社に描いた漫画の持ち込みに行き酷評される。しかしその帰り際、編集部でもらった漫画雑誌の最新号では、雪嶋のデビューが決まっていた。喜びのあまり雪嶋に電話をかけようとしたところ、タイミングよく雪嶋から電話がかかってきて…。
病を抱えていた雪嶋は、真帆に設定ノートを託していた。真帆が最後に彼にかけた言葉を、気にかけてくれていたらしい。あんなことを言うんじゃなかった、あとでいくらでも謝れると思ったから、今日までそのままにしてしまった。けれど、背中を押してくれる彼の言葉を聞くことは、もう二度と叶わない──。
それからの真帆は、雪嶋の作品を世に出したいという一心で努力を重ね、彼の考えた設定を漫画にしたデビュー作で売れっ子漫画家に。だが、真帆の心にいつもあるのは、違和感と罪悪感だ。やはりデビュー作は、自分の力で描き上げなくてはならなかった。もしも人生をやり直せるなら、この作品を雪嶋に返したい。そう考えていた真帆の身に、ある夜、不思議なことが起こり…?
誰しも一度は願ったことがあるだろうタイムスリップだが、いくら時が戻っても、自分が行動を変えなくては、未来は同じものになるはずだ。それまでの自分を変えるというのは、並大抵のことではない。もどかしい思いをすることも、うまくいかないこともあるだろう。それでも前を向けるのは、そこに「未来を変えたい」という強い想いがあるからだ。時間を行き来しながら、懸命に未来を、自分を変えようとする真帆に、わたしたちはいつしか、“今”を生きる力を分け与えられている。
純粋な想いを、爽やかに魅せるタイムスリップストーリー。読了後は、今までの自分よりもきっと、“今”を大切に生きられる。
文=三田ゆき