「オペラを口ずさむ学生」「お隣の動物園のペンギンを一本釣り!?」“芸術界の東大”に潜入した結果がカオスすぎる!
公開日:2019/5/21
存在だけは知っている、それらをテーマにした大ヒット作品だって楽しんだ。けれどその実態は、神秘のヴェールに包まれたままの「美大」そして「音大」。そんな聖域に、ホラーやミステリなどでヒット作を連発する小説家・二宮敦人氏が踏み込んだ。『最後の秘境 東京藝大 天才たちのカオスな日常』(1)(二宮敦人:原作、土岐蔦子:漫画/新潮社)は、二宮氏が東京藝術大学での取材に基づいて執筆し、ベストセラーとなったノンフィクション『最後の秘境 東京藝大 天才たちのカオスな日常』(二宮敦人/新潮社)をコミカライズした作品である。
主人公は、現役の藝大生を妻に持つ小説家の「僕」。都内のアパートでつつましく暮らしているが、妻の行動はちょっとばかり奇抜だ。木彫りの亀に「亀に座れたら楽しいから」というだけの理由で座れるような加工を施し、自分の体に半紙を貼りつけ人体の型を取る──そんな妻の行動に驚き、生協でガスマスクや指揮棒まで売っているという大学の話を聞くうちに、藝大と、そこに通う学生たちに興味を持つようになった主人公は、東京藝術大学という“秘境”への潜入取材を敢行する!
主人公が訪ねた東京藝術大学上野キャンパスには、きらびやかな学生を多く見かける音楽学部と、古着系やジャージ、モード系などさまざまな外見の学生が行き交う美術学部が置かれている。オペラを口ずさむ学生にいきなりカルチャーショックを受けた主人公は、続いて聞こえた太鼓を叩くような音についても打楽器だろうかと興奮するが、妻いわく「ゴリラじゃない?」。そう、藝大が立っているのは、たくさんの文化施設が立ち並ぶ上野駅周辺。なかでも有名な上野動物園は、東京藝大とフェンスひとつで隣接しているのだ。
もちろん学内の噂話にも、上野動物園が登場する。たとえば、ペンギン舎の真上にある絵画棟にいた学生が、釣竿に魚をしかけてペンギンを一本釣りしたとか。たとえば、工芸科の学生が、学校と動物園の境のフェンスに「ホモサピエンス」と書かれた札を作って取りつけたとか。因縁めいた話ばかりだが、彼らの動機は、「作品のモチーフとして、本物の動物を間近で見たい」といった純粋なものだったりもする。
過去には入試の倍率が60倍になったこともある超難関校・東京藝大の学生たちは、自分の好奇心にあまりにも素直だ。そのカオスな日常を眺めていると、門外漢とも言える小説家の主人公、ひいては原作者の二宮氏が、彼らに興味を持った理由がわかる気がしてくる。幼いころから1日も休まず弾き続け、40時間ぶっ通しで描き続けられる藝大の学生たちに感嘆するわたしたちも、ひとつだけ、たゆまず続けていることがあるのだ。これといった正解が存在せず、到達点もわからない。それでも追い求めずにはいられない“芸術”──それを志すことは、生きることに似てはいないか。
「芸術界の東大」と呼ばれる東京藝術大学と、そこで学ぶ鬼才たちの、あるときは犯罪スレスレ、あるときはセレブ、そしてまたあるときは、ひりつくほどに真剣なエピソードが満載の本作。藝大を目指す人や現役学生、卒業生はもちろん、芸術なんて縁がないという人も、間違いなく楽しめる冒険記だ。
文=三田ゆき