抱きたい、好きだ……。ときには仕事も失うことになる「セクハラ」、その事実認定の境目
公開日:2019/5/30
ハラスメントを引き起こしてしまった者は、ときにこう述べる。悪気はなかった、と――。
苦しむ者はいても、利益を享受する者は誰もいないのがハラスメントの特徴だ。それでもなおハラスメントが後を絶たない要因には、定義するのが非常に難しいという点が挙げられる。問題となった事例を後から批判するのは簡単だが、いざ自分の周りを見回してみると、予防の難しさを痛感することになる。
しかし、ハラスメントは悪気がなくてもハラスメントだ。私たちは悲劇を繰り返さないために何ができるだろうか。
判例を知ることは、ひとつの手堅い方法だ。
『ハラスメント-職場を破壊するもの-』(労働法令)の著者である君嶋護男氏は、旧労働省と厚生労働省で約30年間にわたって労働行政に携わった。現在は労働関係団体で理事長を務める傍ら、ハラスメントに関する裁判事例をなんと数百~千件ほど収集・整理している。本書にはその中から君嶋氏の目で選び抜かれた判例の数々が掲載されている。
ここでそのひとつを紹介しよう。
複数の女性に対して職場でデートに誘ったり卑猥な発言を繰り返したりするセクハラをしたとして解雇された事件がある(東京地裁平成12年8月29日判決)。
室長職にあったX(原告)は、多くの女性部下に対して「抱きたい、好きだから」とメールを送ったり「昨日は燃えたのか」とからかったりするなどして、会社(被告)から退職勧奨を経て解雇された。原告はこの処分の取り消しを求めた。
判決では、解雇には合理性があるとしてXの請求が棄却された。その理由として、X自身がセクハラ行為を行なった部下に対して退職勧奨を行なった経験があり、自己の言動の問題性を十分認識し得る立場にあったことが挙げられている。セクハラの事実認定においては、「『まさか、あの人がそんなことをするとは思えない』と取られるか、『あの人ならいかにもやりそうなことだ』と取られるかによって判断が左右されることもある」と君嶋氏は指摘する。日頃からハラスメント予防の意識をもって振る舞うことが重要となる。
セクハラの他にも、本書にはマタハラやパワハラの判例が数多く掲載されている。
昔から存在していたハラスメントは、ようやくその一部が表面化するようになった。時代は既に変化している。私たちもまた、正しい知識を得て、変化していかなければならない。本書はきっとその一助になるはずだ。
文=えんどうこうた