“怪事件”と同時に国家機密ファイルも消えた。応募総数4843本の頂点『破滅の刑死者』のトリックを見破れるか?

文芸・カルチャー

公開日:2019/5/29

『破滅の刑死者』(吹井 賢:著、カズキヨネ:イラスト/ KADOKAWA メディアワークス文庫)

 応募総数4843本。日本最大級にして最高倍率の新人賞、電撃小説大賞で本年度もっとも異色の輝きを放っているのが〈メディアワークス文庫賞〉受賞作品、『破滅の刑死者』(吹井 賢:著、カズキヨネ:イラスト/ KADOKAWA メディアワークス文庫)だ。

 物語の始まりは、とある暴力団事務所。裏社会の男たち相手に賭け麻雀の勝負に挑んだ少年トウヤは、そこを奇襲した犯罪結社から命を狙われることに。結社の狙いは、物故した政界のフィクサーが遺した謎の機密ファイルだった。事態の解決を図る内閣情報調査室(CIRO)の新人捜査官・珠子は、トウヤと協力して行動を共にする――。

 飄々としていながら危険な匂いを放つトウヤと、彼に振り回される生真面目な珠子。2人はまるで水と油で共通点が何もない。しかし(それともだからこそ?)思いも寄らないチームワークを発揮して事件の核心に迫っていく。

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 2人が挑む敵は、人智を超えた能力を持つ者たちによる国際犯罪組織だ。そして珠子が属するCIRO内の「特務捜査」部門、通称CIRO-S(サイロス)の任務は、それらの能力を用いての国家への犯罪やテロ行為を未然に取り締まること。彼らを管理する政府、その能力を活用して犯罪者となる者たち、機密ファイルによって市場拡大を目論む世界的大企業……。

 能力者の生まれる背景や、実在する組織や団体を巧みに盛り込みつつ作り込まれた設定など、私たちの生きている現実社会と地続きになった世界観が、ストーリーにリアリティを与えている。

 何よりも魅力的なのは、キャラの立った登場人物たちだ。

〈軽く、明るく、然れども、虚ろで狂った調子で〉と描写されるトウヤをはじめとして、自らの青くささを自覚しながらも自分の信じる正義を貫こうとする珠子。その上司でマキャベリストの佐井征一。驚異の殺人能力を持つ、結社の首領ウィリアム=ブラック。超越した目で全てを見渡す、トウヤの初恋の相手・五辻まゆみ。

 いずれ劣らぬ個性的な面々が心理戦から肉弾戦、命を賭けたギャンブルまで精神と肉体を極限まで酷使した闘いを繰り広げていく。

 作者の吹井賢さんは大学院で社会学を学んだ人物だ。本作には、社会学でいうところの両義性(ある考え方や視点は他の立場からだとどのように見えるのか、という考え方)を取り入れているという。

 珠子の視点では命知らずでギャンブル狂のトウヤだが、物語が進むにつれて別の顔がじょじょに浮かんでくる。そして最後の最後で彼の抱えていた秘密が明かされる趣向なのだけど、珠子だけでなく読者もまた、あっと驚かされるにちがいない。

 強さと弱さ、正義と悪、嘘と本当は表裏一体。ギャンブルもの、バディもの、犯罪ミステリ、SF、アクション……ジャンル小説における様々な要素を散りばめながらも、どんなジャンル分けにも属しきらない独特の世界が展開している。

文=皆川ちか

『破滅の刑死者 内閣情報調査室「特務捜査」部門CIRO-S』特設サイト
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