家族ってなんだ? 家族のきしみをとらえた9つのイヤミス物語
公開日:2019/5/30
久しぶりに後味の悪い小説を読んだ。少し前から「イヤミス」というジャンルの小説が人気らしい。イヤミスとは普段は表に出てくることのない人の心の奥に潜む心理を描写し、見たくないと思いながらもついつい読み進めてしまう、後味の悪いミステリー小説のことだ。
私にとって小説とは現実を忘れてその世界にはまり込む気分転換の手段である。小説にどんな役割を求めるかは人それぞれだと思うものの、小説を読んでわざわざ嫌な気持ちになる必要はないと思っている。だが、怖い物見たさで手にとってしまうのが人間だ。
『夫の骨』(矢樹純/祥伝社)は、9つの物語が収められている短編集。著者のブログで短編集のコンセプトは「家族の歪み」と「どんでん返し」と書いているとおり、最後まで読み進めると「そうだったのか!」と感じられる意外な結末がどの物語にも用意されている。
9編の中で最もイヤミスだった物語は、本書の表題にもなっている「夫の骨」だ。ここであらすじを紹介しよう。
昨年、夫の孝之が事故死した。まるで二年前に他界した義母佳子の魂の緒に搦め捕られたように。血縁のない母を「佳子さん」と呼び、他人行儀な態度を崩さなかった夫。その遺品を整理するうち、私は小さな桐箱の中に乳児の骨を見つける。夫の死は本当に事故だったのか、その骨は誰の子のものなのか。
ほんの数行を読むだけでも、不穏さや湿った空気を行間から感じ取ることができるだろう。この物語の結末は、私の想像とまったく異なるものだった。しかし、その結末は想像よりも救いようがなく、取り返しのつかない真実だった。義母が亡くなる直前に、自分の出自を知る夫。その苦悩はいかばかりか。実に後味の悪い物語だ。
「夫の骨」に負けず劣らずイヤミスだったのは「柔らかな背」。孫から助けを求められた「私」が、一緒に暮らす娘の目を盗んで夫の遺したお金を振り込もうとする話である。振り込め詐欺を思わせるような話だが、物語はとんでもない方向に進行していく。そして最後まで読むと、柔らかな背の持ち主は誰だったのかという疑問が残る。明確に説明されていないからこそ残る、後味の悪さ。
一方、先行きの明るい話もあった。その1つが「絵馬の赦し」だ。この物語もほかの物語と同じように、不穏な空気が冒頭から漂っている。なにか恐ろしいことが起きるのではないか。そう思って読者は読み進める。しかし、その空気は最後の3ページで覆されることとなる。登場人物みんなの幸せな未来を予感させるような、さわやかな空気に変わるからだ。
本書に収められている物語のテーマは家族。他人からは理想の家族に見える家族であっても、何かしら問題を抱えているものだ。家庭内の問題は、他人にはなかなか相談しにくい。家族だから言えなかったり、憎かったりすることもある。だからこそ家族の問題はアンタッチャブルなものになりやすく、複雑化しやすい。イヤミスの魅力はそうしたなかなか描かれない家族の関係や心理にスポットライトを当てるところにあるのかもしれない。
すべてがすっきりキレイに説明されている分かりやすい物語がいいというつもりはない。物語はどこまでいっても物語でしかないわけで、現実はもっと複雑だという声もあるだろう。しかし、エンタメとして読むならやっぱりハッピーエンドがいいと思ってしまうのは私だけではないはずだ。小説の好き嫌いは、どのような目的で読むかという読者のスタンスによっても大きく変わる。そういった意味で、本書は好みが分かれると思う。
ともかくもイヤミスというジャンルが好きな人へ、自信を持っておすすめできる一冊であると、胸を張って言える。
文=いづつえり