勇者と魔王が仲良くチャット!? 『もしロールプレイングゲームの世界にSNSがあったら』/連載第3回

ライトノベル

公開日:2019/6/7

 なぜかネットやスマホがあるファンタジー世界。暇さえあればインターネットばかりしている引きこもりの残念勇者が、SNSのメッセージを使って魔王に宣戦布告! しかし魔王は純粋無垢な争いを嫌う女の子。乙女すぎる魔王と勇者はチャットを通じて仲良くなり――。

 Twitter、Pixivで連載開始後に話題となり、ニコニコ漫画では脅威の800万再生を突破した新感覚チャットノベル。個性的なキャラクターたちが繰り広げる冒険と、SNSトークの一部を5回連載でご紹介!

第3回

 勇者と魔王の毎日のSNS連絡は、たわいもないものだった。

 お互い何歳なのか、趣味はあるのか、好きな食べ物はなにか、普段はどんなことをして過ごしているのか、テレビはよく見たりするのか、キノコとタケノコはどちら派かなど、特に聞かなくてもいいことを伝えあう内容になっているのが現状だが、二人ともSNSが途切れるのを恐れるように、何かしら質問を投げかけていた。

 まだお互いに実物の顔も知らない存在同士ではあるが、この世界ではインターネットの発達もあるため、SNSの顔アイコンで相手がどんな顔をしているかくらいはわかるし、言葉だけでも相手がどのような性格かなどは大体摑つかめてくる。

 互いに共通している点といえば、SNSで連絡をとっているとき不快感がないのはもちろんのこと、逆に心地良い、安心感の方が強いという点。まるで前世で結ばれていた身分差のある恋人同士が、話すことさえ許されなかった忌まわしい過去の時間を取り戻すかのように、勇者と魔王は時間がある限り連絡を取り合っていた。

【ところで、勇者は今どこにいるのだ?】

【ん?】

【あ、その……。旅立ったということは聞いてはいるが、大体どのあたりまで来ているのかと、気になってな】

【あー、えっと。なんていえばいいか。今俺がいるのがサイショ大陸で、住んでたのはテラワロスってとこの城下街なんだけど】

【うん】

【今は旅立って十日目で、ようやく隣街の近くまで来た感じ】

 そのメッセージを見ると、そそくさと魔王はスマホのチャット画面を一度閉じ、ネットで「テラワロス城・近く・街」と検索し、情報とマップを確認する。

【ほう。では勇者は今『ラフタ』の街の近くということか?】

 勇者はその返しを受け、魔王と同じく街名を検索した。

【おお、そうみたいだ。でもよく知ってるな、魔王】

【言っただろう。我はそなたの力になりたいのだと】

【い、いや、それは嬉しいんだが……】

 俺とお前は勇者と魔王で、一応敵同士なんじゃ……。と発しそうになったが、いまさらそれを伝えても仕方ないし野暮だなと思った。

【……そういえば、テラワロス城からラフタの街までは約二〇キロほどだが……。それで十日かかるってことは、もしかして勇者、ゆっくり旅をしているのか?】

 突然の魔王からの探りに、ぎくりと勇者の胸に音が響く。

【い、いやいや! あれだよあれ。俺ってば旅はゆっくりしたい派でさー。あはは……】

 自分としては、好きでゆっくりしているんじゃないんだが……。と思いつつ、勇者はさりげなく話を逸そらした。

【つーか今日は、久々にベッドで寝られそうだから嬉しいよ】

【……そうか。やはり野宿は辛いか?】

【地面は固いし、虫もいるし、最初は結構きつかったけど、徐々に慣れていってる感じかな。お前が寄こしてくれた四天王のマーコがいてくれるおかげで、モンスターにも襲われないし助かってる。野宿も、うーん、まあキャンプみたいで楽しい……のかな? キャンプしたことないけど】

【……でも、勇者】

【ん?】

【マーコと浮気なんかしたら】

【いや、だからしないっての(笑)てかそもそも俺、恋人いたことないし……】

 魔王の顔が瞬時にパッ、と明るくなる。

 勇者から連絡があった初日に「結婚してくださいこの野郎」と言われた経緯もあり、彼に恋人はいないだろうとは思っていたが、勇者自身からその言葉を聞いたことはなかったので、とりあえず安堵した。

 もちろん、世の中にはそういった噓で女性を騙す輩もいるとは知っている。だが、十日以上メッセを送り合っている仲ではあるし、彼からもすぐに返信がきたので「本当に勇者には恋人がいないんだろうな」と魔王は感じ取ることができた。

【……つか、魔王こそ、恋人とかいないのかよ】

 勇者も緊張しながら探りを入れる。

 魔王の容姿はアイコンしか見たことはないが、普通に考えてクールっぽい美人顔だし、魔王というからにはそれはもう巨大な城に住んでいることは間違いないので、彼女がモテないということがまず考えられなかった。しかし。

【いいいいるわけないだろう! いたこともない!】

 メッセージなのにこの慌て感。

 まぁ、あいつもコミュ障とは聞いてたし、今までのSNSのやり取りからしてもすげえ純情な娘っぽいし、噓ではないんだろうなぁ、と勇者もホッとする。その必死さに「本当に恋人はいないんだろう」と思えた。

 その日の夜、勇者とマーコの二人は無事「ラフタの街」へと辿り着く。

 さすがに魔王軍四天王を街に入れるわけにもいかないため、勇者はマーコへ懇願し、勇者は街の宿屋で、マーコはいつもと変わらず街の外で野宿をすることになる。

「あー、別に気にしなくて良いよ。私魔王城にいても基本は野宿だったし、木の上の方が安心するから」

 勇者が申し訳なさそうにする中、相変わらず軽いノリで承諾してくれるマーコに、彼は【あざす!】とメッセージを返した。

 ただ宿屋といっても、昨今のご時世では宿泊代がだいぶ高価であるため、勇者としては安値で泊まれる「インターネットカフェ」という二十四時間営業の喫茶店を利用することに決めていた。

 本来、冒険者であれば、モンスターを討伐した際に時折ドロップする金目のモノ(牙や毛皮)を売却して生計をたてることができる。しかし、これまでの旅路ではマーコが常にボディガードを担ってくれていたので、勇者自身はモンスターと戦っておらず、母親から譲り受けた僅かな金銭しか持っていなかった。

 引きこもり時代は、スマホのソシャゲアプリで「ガチャ課金」と呼ばれるものに金を使い過ぎてしまったこともあり、母親にもだいぶ迷惑をかけた経緯があるので、自分の浪費癖は嫌というほど心得ている。

(今まで貯金もしてたわけじゃないし、せっかく旅に出て母さんを安心させたんだから、また金貸してもらうってのも流石に悪いしなぁ。……なるべく節約していこう)

 痛い目を見た過去があるせいか、一応彼も危機感はあったらしい。

 というか、元々引きこもり体質の勇者にとっては、野宿に比べて建物の中で寝られること自体がまず幸せだし、カフェに配備されているシャワーを浴びられることだけでも十分すぎる愉悦なのだ。

「ん? ネットカフェってとこに泊まるの?」

 勇者が宿泊場所をスマホで探している最中、マーコが急に顔を近づけてきた。

「っ!」

 慌てて離れ、メッセを送る。

【だから、顔近いって! いきなりビビるよ!】

「んなこと言われてもなぁ」

 口を尖らせながらそっぽを向くマーコ。

「てか、なんで宿に泊まらないの? そっちの方がゆっくり休めるんじゃないかな。ネットカフェだと椅子で寝なきゃいけない? とか聞いたことあるし」

【……】

「え、なにこの沈黙メッセージ」

 そりゃ俺だって宿でゆっくり寝たいけどさぁ、とふてくされる勇者に、

「あ、もしかして。勇者さん、お金持ってないの?」

 と、マーコからグサリと刺さる言葉が放たれた。

【……い、いや、あるよ! あるある!】

「なら宿に泊まればいいじゃん」

【ほら俺、ネットとか好きだし、ははは】

 最早、単なる見栄だった。

「え、今の宿ってPC(パーソナルコンジヤータ)とかネット完備してたりするらしいけど」

 マーコはそそくさとスマホで検索し、街の宿屋情報を見せてくる。ラフタの街では宿屋はネット完全完備で宿泊料は五千ゴルド、ネットカフェの宿泊は二千ゴルドと表記されているが、勇者の財布の中には三千ゴルドしかない。

「……」

 少々の沈黙が流れ、タラタラと冷や汗を流す勇者を横目に、マーコは無意識的に追い打ちをかけた。

「てか、普通の冒険者は、モンスターとか退治して生計立ててるみたいだけど」

 意図せず発した言葉が、勇者のこれまでのグータラ生活の後悔や罪悪感を執しつ拗ようにえぐってきた。しかし、見栄を張ってしまった手前、いまさら引くことはできない。

「……あの、ずっと気になってたんだけどさ」

 しかしその後、確信を突かれる。

「もしかして勇者さんて、弱い?」

 ずばり、答えを聞いてきた。

 そう、何を隠そうこの勇者、これまでの人生でまともに戦闘などしたこともないし、そもそもモンスターとの闘いで勝利したこともないのだ。

 幼少期は外に出て活発に遊ぶ子だったと母からは聞いているが、ある日を境にずっと引きこもり生活で、勇者自身の覚えている中では魔物を倒し「経験値」を得たこともないし、レベルが上がったこともない。

 厳密にいえば、長期の引きこもり生活をしていたこともあって、とにかく運動神経が悪い。今回の旅路にしても、通常の人間ならばテラワロス城下街からは二日で辿り着けるであろう距離のラフタの街に、十日という期間がかかってしまった。勇者がマーコに「楽しみながらゆっくり行こう」などと促していた所為もあるが、実を言えば十分も歩けば勇者がバテバテになってしまうからだった。

【よよ、弱くねーし!】

 しかし、強がる。

 見栄やプライドとも受け取れたが、やはり男の性であろう、単純に女性の前では格好をつけていたいのだ。

 魔王には既に、自分がモンスターに負けたことも伝えている。それは話の流れからしても別に隠すことじゃなかったし、なんというか「魔王になら言っても良い」という気がしたのだ。いやもしかすると、実際に顔を合わせておらずSNSでの連絡だったから逆に素直になれたのかもしれない。

「へー。んじゃ明日からは、戦闘は勇者さんに任せていい?」

 マーコは明るい顔をしつつ、ケモミミをぴょこぴょこと動かす。彼女は、勇者の実力がどれほどのものか楽しみで仕方ないといった様子だ。

【……いや、それはちょっと……】

 若干の間が空き、遠慮がちに勇者はSNSで返答を。

「……んじゃやっぱ弱いんじゃん」

【だだだから、んなことねーし!】

「本当かなぁ? なーんか噓っぽく見えるんだよねぇ。本当に闘えんの?」

 マーコとしては純粋に知りたかっただけなのだろうが、勇者としては図星であり噓をつきとおすことも苦しくなってきたので、もう我慢できなくなって叫んだ。

「なにぉぉおお! なら見てろよこの野郎! 俺はやるぞ俺はおい! やってやろうじゃねえかこの野郎!」

 見栄とプライドと虚勢が重なり合った結果の、ヤケクソである。

 はてさて、どうなることやら。

<第4回に続く>

●作者プロフィール
新田祐助

1984年広島県生まれ。通称・助さん。作家、シナリオライター。
著書に『聖刻 -BEYOND-』など。
捜査一課などを経験した、元刑事らしい。

ツイッター:@singekijyosei
ピクシブ:新田祐助(助)