勇者と魔王が仲良くチャット!? 『もしロールプレイングゲームの世界にSNSがあったら』/連載第5回
公開日:2019/6/9
なぜかネットやスマホがあるファンタジー世界。暇さえあればインターネットばかりしている引きこもりの残念勇者が、SNSのメッセージを使って魔王に宣戦布告! しかし魔王は純粋無垢な争いを嫌う女の子。乙女すぎる魔王と勇者はチャットを通じて仲良くなり――。
Twitter、Pixivで連載開始後に話題となり、ニコニコ漫画では脅威の800万再生を突破した新感覚チャットノベル。個性的なキャラクターたちが繰り広げる冒険と、SNSトークの一部を5回連載でご紹介!
第5回
早朝の四時三十分。
まだ日も差していないサイショ大陸の草原で、実家から持ってきていた寝袋で眠っていた勇者は、その物音に気がつき、目を覚ました。
昨日の就寝前、焚火の拠点から数十メートル離れている場所に、滝があることを確認していたのだが、なにやらその方向から、この世のものとは思えない奇怪な声が聞こえてきたのだ。
「……変な叫び声だなぁ」
珍しいモンスターでもいるのだろうか、と頭に過よぎったものの、それならば大樹の上で警戒しながら眠りについているマーコが察知するはずなので、魔物とは考え辛づらい。とりあえずいいやもう、眠いし、と思った勇者は寝袋で身体をくるみ、耳を地面と寝袋の皮で塞ふさいで二度寝することとした。
「……」
しかし、寝られない。
思ったよりもその声がなんていうか、女性のような甲高い「あふん」とか「おおっふ!」とか変な喘ぎも出していて、若干気持ち悪かったのだ。
「なんだってんだよ、もう」
仕方なさそうに勇者は寝袋から出て、自分の力では使いこなせないかもしれないが、一応護身用の小剣を持って滝へと向かって歩いていく。
ザー、と勢いよく流れる水音とともに、近づけば近づくほどその声は大きくなっていった。そして勇者がそこで見たものは。
「あふん! えふん! おおっ! いいぞぉ!」
魔王軍四天王にして、先日パーティに加わったばかりのドM吸血鬼「ニコレッタ」の姿であった。彼女は朝の乾布摩擦かと言わんばかりに、服を着たまま、滝の下で落ちてくる水に打たれながら、自分の身体にトゲつきの鞭を何度も食らわせていたのだ。
「ええ……」
ドン引きするしかない。
ていうか声も掛け辛かった。だって一人でずっと「っしゃ! おおう! これはいい! まだだ、まだ終わらんよ!」とか言ってるし。
しかも五分、十分と眺めているがやめる様子はない。彼女は両手で持っていた鞭を取り替えて、さらに二本の鞭で自分自身を再びパチパチと叩いていた。それはもう凄い勢いで。
勇者としては、木陰に隠れながら、哀愁漂う目でその姿を見守ることしかできなかった。
「ああ、気持ちいい。超、気持ちいい!」
まるで百メートルの平泳ぎ競争で一位を獲ったかの如く、ニコレッタは自分の世界に入り込んでいた。金髪は濡れ、外見だけは清楚っぽく見える吸血鬼の服装はびしゃびしゃでボロボロになりつつも、特徴的な真っ赤な目が輝いている。
客観的に見れば女神が水浴びをしていたと言われても疑問はない。勇者は自然と「見た目だけなら、普通に美人なんだけどなぁ」と小声に出していた。
「むっ!」
その声でニコレッタは気づいたのか、ギンと強い目で勇者が隠れていた木陰を睨む。
「誰だ! ……隠れていないで、出てくるのだ。なに、怒ってはいない、ぷんぷんとな。既に、私を痛めつけることで許してやろうと思っている」
もう本当、何言ってるのかわからないこの人。
主語とか述語めちゃくちゃだし、何より言葉選びがおかしい。本当にマーコと同じ四天王なのだろうか。いや別に悪い人って感じはしないけど、色々ツッコミどころがありすぎてこっちも頭がおかしくなりそうだ。
「出てこないのか? ならば私は貴様の目の前に行き、その前でパチパチをした方が良いと言うのだな? うん、きっとそうだろう!」
バシャッと滝の中からニコレッタが姿を現してきたので、あダメだこれ逃げれないやつだ、と勇者は観念し、仕方なく姿を現した。
「ほう。貴様だったか勇者。ちょうど良かった、これは私の朝の日課なのだが、鞭で叩いてくれる人材が欲しかったのだ」
また意味のわからないこと言ってる、と勇者が呆れかえっていると、ニコレッタはおもむろに滝の傍に置いていた荷物を広げながら言った。
「鞭でなければほかの道具でもいいぞ。有り合わせしかないのは申し訳ないが、気にしなくてもいい。私は気にしない」
いやだから、なんで俺がもうお前を痛めつける前提になってんの? とツッコみたかったが、コミュ障で言葉を発せない勇者としては、この時茫然とニコレッタを眺めていることしかできなかった。
「ん? ああ、何って言いたそうな顔しているな。なら、改めて自己紹介をさせてもらおうかッ。私はお節介焼きでドMな吸血鬼のニコレッタ! 魔王城の貧民街から、史上最高の痛みを求めてやってきた変態だ。ああ、もう知っているとは思うが、今日も今日とて、日課の滝修行で身体に鞭を打ち、自らのマゾ精神を高めていたところだったんだぜッ」
ビシッと自己紹介を決めたニコレッタだが、なんに対してもツッコミが追いつかない。あとお前、魔王に仕えてんだから貧民街とか言うな。あと喋りもいきなり変わったしキャラを統一してほしい。
てかもういいや面倒くさい。そのうち勇者は考えるのをやめた。
「……? ああそうか。貴様、魔王様と同じでコミュ障だったな。だが返しがないというのも、なかなかの放置プレイで私的にはありだぞ。アリアリのデルチだ」
誰か助けてくれ。翻訳が必要だ。
「さあ、ここに来たということは、私の日課を手伝ってくれるということだな。いいだろう勇者! 貴様の心意気、そしてドSとしての片鱗を、しかと見せてもらおうじゃあないか!」
滝の周囲一帯に響き渡る声で叫ぶニコレッタ。勇者はもう色々と諦めていた。ここは黙って従うことが、賢明な判断だと思った。
そして、午前六時を過ぎた頃。マーコは大樹の枝の上で目を覚ます。
朝方からやかましい声が響くなと思っていたが、多分これニコレッタだろうしどうでもいいや、と思っていたけれど、何やらそこにほかの声も交じって聞こえてきたので、一応彼女はその状況をその目で確認することにした。
「ねむ」
シュタッ、と静かに木から降り、声のする滝の方へと歩いていく。そこには想像だにしない光景がマーコを待ち受けていた。
「ほら勇者! そこは私の急所ではない! もっとほら、こうだ! えいやあとう! えいやあとう! そう、声を出しながら私を叩け!」
「……」
「はいご一緒に! えいやあとう! えいやあとう! はいオスメスサース! オスメスサース! あドドスコスコスコ、ヒュー、ヒュー!」
ニコレッタの言うがままに、手刀で攻撃を加える勇者の姿があった。
既にドン引きを軽く越えた呆れ顔。
そしてマーコは静かに呟く。
「……なんだこれ」
ほんとなにこれ。
……気になる冒険(?)の続きと、勇者と魔王の運命はいかに? 続きは本書で!
新田祐助
1984年広島県生まれ。通称・助さん。作家、シナリオライター。
著書に『聖刻 -BEYOND-』など。
捜査一課などを経験した、元刑事らしい。
ツイッター:@singekijyosei
ピクシブ:新田祐助(助)