総理大臣視察中の高校を武装勢力が占拠! JKが日本を救う!? 『高校事変』/連載第2回
更新日:2019/6/8
超ベストセラ―作家が放つ衝撃のアクション巨編!
平成最大のテロ事件を起こし死刑となった男の娘・優莉結衣(ゆうり・ゆい)の通う高校に、総理大臣が訪問。
そこに突如武装勢力が侵入し、総理が人質にとられそうになる。
結衣が化学や銃器の知識を使って武装勢力に対抗するが…。
武装勢力の真の目的、そして事件の裏に潜む驚愕の真実とは…?
矢幡は絶句した。またその話か。海外のマスコミからずいぶん持ちあげられたものの、国内では冷やかしの声が多かった。世話になっている元総理や官僚の勧めもあって、しかたなくやったことだが、いまでも気恥ずかしさが残る。
秘書官らは無邪気に笑った。池崎が臼井に応じた。「最近ではカートに大書してあるそうですよ。任天堂とは無関係、と」
警察庁から内閣官房に出向中の事務秘書官、いかつい面構えの五十一歳、飯岡哲治(いいおか・てつじ)までが苦笑していた。「たしかにあれで訴えを起こしにくくなったそうです」
こんな話題を長引かせたくない。矢幡は肘掛け椅子の背に身をあずけた。「東京オリンピックに関していえば、文科省はもっと憂慮すべき問題を抱えてるだろう。学生ボランティアをかき集めるため、大学の授業を前倒しにしたり単位を認めたり。やりすぎだという声もあがってるが」
臼井が真顔になった。「失礼しました。きょうはオリンピックの件でうかがったのではありません。高校生の基礎学力不足と学習意欲減退が問題視されていまして」
「若者の勉強離れか。いまに始まったことではないな」
「特に公立高校で顕著です。平日には高校三年生の半数近くが、学校の授業時間以外にほとんど勉強をしていません。国際的にみても低水準です」
「高校生のゲーム三昧まで、リオでのパフォーマンスのせいにされたんじゃかなわん」
「いえ。しかしながら総理が先頭に立ち、教育の重要性を説いていただけないかと」
外務省からの出向、神経質そうな素振りの四十五歳、辰山茂樹(たつやま・しげき)秘書官が腑に落ちない顔をした。「学力が低水準? OECDのPISA調査では、わが国の生徒の学力は全体として上位にあります。下位層の割合も減少してきているとか」
臼井が首を横に振った。「その調査は義務教育修了段階の十五歳児を対象としてます。問題は高校進学後です」
唯一の女性秘書官は、経済産業省から出向した四十三歳の星野淑子(ほしの・としこ)だった。淑子が総理に告げてきた。「一理あります。総理はオリンピックに前後し、日本のゲームやアニメといったサブカルチャー産業を、対外的にアピールなさる必要に迫られるでしょう。バランスをとるべきかもしれません。国内の未成年者に対し、遊びが容認されているとの誤解をあたえてはならないのです」
口髭を生やした五十五歳、財務省から出向の倉松直紀(くらまつ・なおき)がうなずいた。「同感です。総理が現代の高校生に、勉学の必要を諭すことは有意義と思います」
臼井が身を乗りだした。「そうですとも。令和の松下村塾ですよ」
吉田松陰か。山口県出身の矢幡には心揺さぶられる名だった。だが同時に困惑をおぼえざるをえない。矢幡はつぶやいた。「うちには子供がいない。甥はとっくに社会人になってる。最近の高校生がどんなふうか、よくわからない」
池崎がいった。「それを逆手にとってはどうでしょう。総理みずから高校を訪問し、視察しがてら、教員や生徒らとふれあう。勉強しようと呼びかけるだけでも、親からの支持を得られます」
臼井は顔を輝かせた。「いいですね。名門校でなく、ごく平凡な公立高校こそ望ましい」
秘書官らが活気づくなか、白髪頭に浅黒い顔の五十六歳、防衛省から出向中の竹本良治(たけもと・りょうじ)はちがった。ひとり渋い顔になり、竹本はいった。「臼井大臣。平凡な公立高校とおっしゃいますが、選択には慎重を期されたい。危機管理という観点から、総理があまり遠くへおでかけになるのは好ましくありません」
矢幡はふと思いつきを口にした。「武蔵小杉高校。どうだ?」
一同を眺め渡す。秘書官らは互いに顔を見あわせていた。
臼井が白い歯をのぞかせた。「それはいい! バドミントンの田代勇次が通う公立校ですね?」
池崎も神妙な顔でうなずいた。「なにかと話題の学校ですし、総理が訪問なされば、国民栄誉賞を見送ったというそしりも軽減できるでしょう」
辰山が池崎にきいた。「見えすいた意図だと批判されませんか」
「その手の批判はいつでもあります」池崎が鼻で笑った。「話題性で圧倒しうるでしょう。報道としては、訪問時の映像がニュース番組で流れるにすぎないでしょうが、バドミントンの田代君と総理が面会すればいい画になります」
防衛省の竹本は、なおも険しい表情のままだった。「社会主義国からの帰化少年を受けいれた学校ですか」
池崎がため息まじりにいった。「わが国がODA一位の友好国ですよ」
「むろんです。ベトナムを危険視などしていません。武蔵小杉高校も人権重視の姿勢が評価されてるとききます。とはいえ注目度の高い学校ゆえ、なんらかの思想を持った勢力が目をつけやすいとも考えられます」
警察庁の飯岡も同意をしめした。「訪問は事前に公表せず、マスコミも閉めだすべきかと」
池崎が戸惑い顔で飯岡を見つめた。「それでは広く国民の関心を得られません。報道機関を絞りこんで、十名前後の記者を同行させればいいのでは?」
「いえ」飯岡が池崎を見かえした。「テレビ局や新聞社からは情報が漏れます。人の口に戸は立てられないばかりか、彼らの動きを見張っていれば、なにかあると容易に察しがつく。二〇〇二年の権と同じ、電撃訪問という体裁をとるべきでしょう」
「権」池崎がつぶやいた。「西麻布の居酒屋ですね」
「当時の総理だった小泉純一郎氏が、ブッシュ大統領と会食しました。公には直前、店のスタッフに知らされたことになってます。実のところ、経営陣には事前の根まわしがあったわけですが、今回もそうするのがよいかと」
矢幡は飯岡にきいた。「あのときは会食のもようがニュースで流れただろ?」
「報道陣を連れていきましたからね。今回はちがいます。マスコミが学校訪問を知るのは、すべてが終わってからになります。テレビや新聞は事後、教員や生徒にインタビューするのみです」
「訪問時の映像はテレビ放送されないのか」
池崎が納得したような顔になった。「総理。考えてみれば、より効果的とも思えます。もちろん総理におかれましては、好感度アップに努めていただく必要がありますが」
「田代君との面会も映像はなしか」
「むろん談笑する写真ぐらいは、報道各社に提供されます。けれども詳細を伝えないほうが、マスコミを意識したパフォーマンスでないと強調できます。真剣に教育現場と向きあうため、あえて非公開にしたと、内閣官房長官から伝えていただきます。テレビ局や新聞各社は不満を募らせるでしょうが、世論は逆に動きますよ」
話題の帰化少年とのツーショットが、写真のみに留まるのはもったいない。そうも思えたが、利点もある。記者の同行がなくなるのなら、ささいな失言に神経をすり減らさずにすむ。
令和の松下村塾、そんな触れこみも悪くない。ひさしぶりの妙案だと矢幡は思った。東京オリンピックを来年に控え、点数稼ぎはまめにおこなっておくべきだった。ベトナムへの高速鉄道の売りこみにも、多少なりともプラスに作用するだろう。
矢幡はきいた。「たしか人間ドックが近いな」
「はい」池崎が応じた。「われわれ全員にも義務づけられています。その直後ぐらいになるでしょうか。洋画のプレミア試写出席のご予定は、変更なさらないんでしょう?」
「ああ。アメリカの大作映画は好きだ」矢幡は笑ってみせた。「ただちに日程を調整してくれないか。高校訪問は早ければ早いほどいい」