総理大臣視察中の高校を武装勢力が占拠! JKが日本を救う!? 『高校事変』/連載第4回
公開日:2019/6/9
超ベストセラ―作家が放つ衝撃のアクション巨編!
平成最大のテロ事件を起こし死刑となった男の娘・優莉結衣(ゆうり・ゆい)の通う高校に、総理大臣が訪問。
そこに突如武装勢力が侵入し、総理が人質にとられそうになる。
結衣が化学や銃器の知識を使って武装勢力に対抗するが…。
武装勢力の真の目的、そして事件の裏に潜む驚愕の真実とは…?
優莉という変わった苗字から、国民の誰もが連想するのは優莉匡太(きょうた)、すなわち平成最大のモンスターだった。二〇一二年の逮捕当時は四十二歳。改正暴力団対策法や暴力団排除条例の影響で、勢力を失いつつあった暴力団に代わり、七つの半グレ集団のトップとして悪名を轟かせた。
それぞれの半グレ集団の前身は暴走族で、二〇〇〇年代には渋谷のチーマーやイベントサークルを暴力的に支配し、勢力を拡張した。優莉匡太はそれらをとりまとめ、上下関係に基づく強い絆で結束させた。
構成員はいずれも都内二十三区内在住で、わりと裕福な家庭の出身者が多かった。暴力団のような組織構造とはちがい、暴走族時代の先輩後輩や独自の人脈で自然につながっていき、徒党を組むことでしだいに凶暴化していった。
震災後の混乱に乗じ、被災地で強盗、空き巣、ひったくり、強姦、自販機荒らしを組織的に実行。その後は関東全域で振りこめ詐欺を働いた。年間百億円以上の被害額が、優莉匡太の率いる半グレ集団の犯行によるものとされる。稼いだ金を元手に、構成員が六本木や新宿で多数のクラブを経営し、麻薬や違法ドラッグの密売も開始する。反対勢力への抗争を辞さず、暴力団の息がかかったライバル店舗や、後ろ盾となっている組事務所、さらには治安維持に努める交番まで襲撃。実働部隊は3Dプリンターで製造した拳銃や、カルト集団からの移籍者によって開発されたサリンやVXガスなど化学兵器まで用い、武装集団として相当な攻撃力を有した。反対派の弁護士や、公証人役場事務長を拉致したうえで殺害。警察が動きだすと、捜査を遅らす目的で銀座のデパート内にサリンを散布した。死者十人、負傷者七千人を数える大惨事となった。
警察は六本木や新宿のクラブを一斉捜索し、各店舗の裏側が半グレ集団の拠点となっていたことが証明された。店長や副店長らは、半グレ集団の幹部クラスとみなされ逮捕に至った。優莉匡太は最後まで逃亡していたものの、潜伏先の岐阜県中津川市で身柄を拘束された。
一連の犯行で組織を率いた十四人には死刑判決が下った。平成最後の年、十四人全員に刑が執行された。優莉匡太は四十九年の生涯を閉じた。
だがそれに先んじて、優莉匡太の子供たちの問題が表面化していた。クラブのホステスや女性客らとの奔放な交際で知られていた優莉には、母親不明の子が複数存在した。結衣は二〇〇二年生まれ、確認されている匡太の子のなかでは次女にあたり、六本木のクラブの控え室で発見された時点で九歳だった。
父親の逮捕後、結衣は児童養護施設に引きとられたものの、小学校への入学には一か月の観察期間が必要とされた。匡太のほかの子供たちと同様、結衣も入学をめぐり地元教育委員会やPTAで議論が紛糾した。結衣が実質的に父親に育てられ、半グレ集団幹部らにもなついていたとの情報もあり、観察期間を長引かせるべきという声もあがった。
その後のことは、峯森もよく知らなかった。子供たちの人権を尊重するためとし、報道が控えられたからだ。
のちに判明した事実として、結衣は愛知県の公立小学校への通学がきまり、やがて卒業を迎えた。次いで静岡の施設に身柄を移し、静岡市内の中学校に通いだした。三年後、さらに栃木に移ったうえ、宇都宮市内の高校に入学。だが同学年の男子生徒三人に怪我を負わせたとして、退学処分を受けた。傷害事件として警察が捜査したものの、明確な証拠は見つからなかったとして、不起訴に終わった。
優莉匡太の子供たちを支援する人権保護団体から、武蔵小杉高校に連絡が入ったのは、今年の春ごろだった。田代勇次のバドミントン全国大会優勝を受け、人権に篤い高校として広く報じられた時期と重なる。優莉結衣も受けいれてくれるだろう、彼らはそう考えたにちがいない。
弁護士や人権保護団体の尽力により、優莉結衣のそれまでの経緯は、いっさい報道されていなかった。高校退学についても話題にならないままだった。武蔵小杉高校が結衣の編入を認めても、いまさらニュースになるとは思えない。
本音をいえば、凶悪犯罪者の子供など迎えたくはなかった。けれども突っぱねれば、人権保護団体が不満をうったえる事態も予想された。
週刊誌の見出しが目に浮かぶようだった。人権重視は見せかけ。将来有望なバドミントン選手は確保しても、犯罪者の娘は入学拒否。偽善と詭弁の武蔵小杉高校。校長は算盤を弾くのみ。
峯森は保護者らを集め、臨時説明会を開いた。意外にも異論はごく少数だった。峯森と同じ危機感を、保護者たちは抱いたらしい。優莉結衣の入学に反対したのでは、非人権派のレッテルを貼られてしまう。みなそう感じたようだ。結果、消極的ながら賛成多数につながった。
結衣が前の高校を退学した理由について、SNSにはときおり噂があがっていた。保護者らから質問があるのではと、峯森は内心気が気でなかった。ところが結局、そんな質疑は受けずにすんだ。三人の男子生徒を負傷させた疑いがある、そう伝えていたら、説明会は大荒れになっただろう。
磯谷がおずおずと告げてきた。「二年C組に優莉結衣が編入されて、もう三か月近くになります。担任の敷島和美(しきしま・かずみ)先生の話では、特に問題も起きてないとか」
屋上に生温かい風が吹いた。電車の音がひっきりなしに耳に届く。峯森は浮かない気分とともにつぶやいた。「友達ができたわけでもないんだろう? 部活動もしていない。問題がないというのは、偶然そうなってるだけの話だ。いままでもそうだった。いじめや暴力沙汰が報告されてないから、人権に篤い学校との評判にも傷がつかずにすんでる」
「これから首相訪問までのあいだに、優莉が突然暴れたりはしないでしょう」
「楽観はできんぞ」
やれやれ、そういいたげな表情を磯谷がのぞかせた。「いちおう敷島先生には、しっかり彼女の動向を監視するよう伝えておきます。首相がくるとは明かせませんが」
「首相官邸にはどう話す? あとから事実を知ったら?責を受けるかもしれん」
「校長」磯谷の顔が当惑のいろを濃くした。「そこは校長が判断されるべきかと。どうなさるんですか。訪問が中止になるリスクを承知で、優莉結衣の在籍を正直に伝えますか」
脈拍が亢進していく。嫌な汗が滲みでてきた。峯森はふと思いついたことを口にした。「首相官邸は学校の名簿ぐらい、事前にチェックするだろう」
あえてわざわざこちらから知らせる必要もない。峯森はそう示唆したつもりだった。
磯谷が察したように見かえした。わずかに不安げな表情が浮かびだした。「向こうまかせですか。問題のある生徒はいませんかとたずねられたら、どう答えればいいんですか」
怖くて波風を立てられない。なら静観すべきだ。なるにまかせるうち、最善の状況に恵まれるかもしれない。田代勇次のときと同じように。
半ば無責任を自覚しながら、峯森は笑ってみせた。笑顔がひきつるのを感じつつも、震える声を響かせた。「問題のある生徒なんかいない。そう答えればいい。優莉結衣のことなど頭に浮かばなかったんだ、きみも私もな」