総理大臣視察中の高校を武装勢力が占拠! JKが日本を救う!? 『高校事変』/連載第5回
公開日:2019/6/10
超ベストセラ―作家が放つ衝撃のアクション巨編!
平成最大のテロ事件を起こし死刑となった男の娘・優莉結衣(ゆうり・ゆい)の通う高校に、総理大臣が訪問。
そこに突如武装勢力が侵入し、総理が人質にとられそうになる。
結衣が化学や銃器の知識を使って武装勢力に対抗するが…。
武装勢力の真の目的、そして事件の裏に潜む驚愕の真実とは…?
二年C組担任、三十歳になる敷島和美にとって、現代の生徒はおとなしく目に映った。
変化はとりわけ女子に顕著だった。和美が高校生のころは、もっとスポーティなスタイルが好まれていたように思う。髪の毛先はシャギーで軽くし、眉も細くしていた。ブレザーの丈もスカートも短くしないとダサいといわれた。
いまどきの女子高生は、髪の毛先のほうをボリューミーにし、眉も自然にしている。おかげで可愛げがある柔和な顔だちに見える。スカートは折って短くできないよう、ウエスト部分の縦幅が太くなっているうえ、ヒダが二重にしてあった。よってスカート丈は膝あたりまである。
とはいえ授業態度がよくなったかといえば、まるで当てはまらない。コミュニケーション英語Ⅱの授業中、和美はぼんやりと感じた。頬杖をついたり、よそ見をしたり、遠慮なくあくびをしたりする生徒が増えた。突っ伏して堂々と眠る姿も男子に多い。
反抗的ととらえがちだが、事実は少々異なる。みな性格はすなおなほうだった。ただ目上の者への礼儀について、基準が大きく変わってきている。教師があまり生徒を?れないせいかもしれない。
考え方が自由かつ開放的になる一方で、打たれ弱くもあり、人の話に耳を傾けない。それが最近の十代の特徴といえた。
和美は教科書の英文を読みながら、教室をゆっくりと歩きまわった。かつては教師が近づけば、顔をあげたり内職の手を休めたりするものだった。いまは誰も意に介さない。
価値観が根本的に変容している。結局は生徒の自主性にまかせるしかない。教師にどう思われるか気にしないのなら、なにをいっても無駄だろう。
ふと足がとまった。机の縦列、窓側から二列目が乱れている。途中、机が大きく廊下側に寄っているせいで、通路がやけに広い。
和美はあえて聴きとりにくい、日常会話に近い英語でつぶやいた。「ここ、重機でも通るの(ワアウサムへヴイマシンカミンスルウ)?」
英語科目がコミュや表現に切り替わって六年になる。教師も授業中はできるだけ英語で喋ること、そう義務づけられている。留学時代におぼえたアメリカ人風のウィットを口にしてみたものの、生徒の反応はなかった。意味を理解したうえで、笑いが起きないのならまだいい。ヒアリングがかなわず、誰もがきょとんとしている。
皮肉が通じなければ小言にもつなげられない。文科省の浅知恵による学習指導要領の改訂など、しょせんこんなものだった。
ところがそのとき、ネイティブにきわめて近い少女の声が、ごく近くでささやいた。「フォークリフトが串刺しにするのは新沼さんのほうで(イフフォークリフトズカミンニイヌマサンシユツビーザワンスタブド)」
和美は面食らった。CNNのトーク番組からきこえてきそうなほど、完璧な発音、流暢な言いまわしだった。
離れた席にいる、サッカー部所属の男子生徒、長い前髪に浅黒い顔の吉田琢磨(よしだ・たくま)が囃し立てるような声を発した。「ヒュウ」
醒めた気分で、和美はたずねた。「吉田君。訳して」
吉田の笑顔が凍りついた。「わかりません」
教室に笑いが起きた。和美はつられて笑いながら、新沼亮子(にいぬま・りょうこ)を眺めた。肥満体の亮子は眉をひそめている。いまの英語を発したのは彼女ではない。だが責められるだけの謂れはある。たしかに通路の幅が広がっているのは、亮子が机を廊下側にずらしているせいだった。前後の女子生徒もそれに倣っている。
いくら面積があるとはいえ、重機の通行は無理だ。幅の狭いフォークリフトすら通れない。フォークリフトの前方には、二本のツメが突きだしている。通路の両側にいる生徒、いずれかが串刺しになるのなら、亮子のほうが犠牲になるべきだ。そんなブラックユーモアだった。すなわち発言者は亮子の隣り、窓側の生徒にちがいない。
そちらに目を転じた。頬杖をついてはいなかったが、楽な姿勢をとり、長く細い脚を前方に投げだしている。黒髪はロングのストレートで、握りこぶしのように小さく感じる色白の顔には、宝石のごとくつぶらな瞳が見開いていた。無表情に和美を一瞥したかと思うと、窓の外へと視線を向ける。通った鼻筋と薄い唇、細い顎は西洋人形そのものだった。華奢でありながら抜群のプロポーションが、身体にぴったりと合った制服から浮きあがっている。
めったに会話したことがない。意識すれば過剰なほど関心をひかれてしまう、それが優莉結衣という存在だった。
自分のクラスに編入されるときいたときには、やはり戦々恐々とした。だが結衣は物静かな生徒だった。いまのところ彼女が問題を起こしたという報告は受けていない。
ただし同級生らになじんでいるかといえば、とてもそうは思えなかった。隣りの席の新沼亮子だけでなく、前後の机まで、結衣から距離を置いている。無言のうちに孤立させようとする周囲の陰湿さが見てとれる。
和美はひそかにため息をついた。結衣の編入前、ホームルームで彼女を敬遠しないよう、釘を刺しておいた。だがやはり平穏無事というわけにはいきそうにない。
表面上はおとなしい生徒ばかりのため、実態を把握しづらい。指導も迷わざるをえなかった。いま机を遠ざけている生徒らを?りつけるのは適切だろうか。結衣も周囲がききとれないのを承知で、ずいぶんひどい物言いをしている。喧嘩両成敗とすべきかもしれないが、この場で双方が悪いとするなら、結衣の発言を通訳せざるをえないだろう。亮子を傷つけ、さらなる遺恨を生むかもしれない。
結衣の態度も不可解だった。以前の授業で英文を読ませたときには、ほかの生徒らと同じ、たどたどしいアクセントに終始していた。なのにじつはネイティブばりに喋れたというのか。
判断を迷ったあげく、和美は教室の後方へと向かった。
丸顔にボブのショートヘア、濱林澪(はまばやし・みお)が教科書の陰に身を潜め、数学Bのプリントを書き写している。宿題を貸してくれる友達がいる以上、孤独からはほど遠いと解釈できる。
和美は声をかけた。「濱林さん」
「は」澪はあわてて和美を見上げた。取り乱しながら澪が応じた。「はい。なんですか」
「悪いけど、新沼さんと席を替わってもらえる?」和美は亮子を振りかえった。「新沼さんも、いいでしょ?」
澪が目を白黒させ、プリントを机のなかにしまいこんだ。「すみません。あのう、これはですね」
「いいから」和美は澪を制した。「内職はよくないけど、前へ移ってもらうのはそのせいじゃないの」
「わかりました。はい、それじゃ」澪があわてぎみに立ちあがった。机のわきにかけてあったリュックをとりあげる。
澪は明るくお喋りな性格だった。人と打ち解けるのも早い。和美は澪との二者面談で、率先して結衣と仲良くしてくれるよう頼んだ。澪ならできると考えたからだった。むろん結衣が何者か、クラスの誰もが承知していた。さすがの澪も絶句し、顔面蒼白になった。目に涙を滲ませるほど怖がっていた。
しかしその後、澪がいつもと変わらない愛想のよさとともに、結衣に話しかけるのを見かけた。結衣の顔は笑みにまでは至っていなかったが、ごく自然な態度で応じていた。
友情が生まれたと判断するのは拙速かもしれない。それでも現時点で、結衣が除け者にされつつあるのなら、隣りに座らせる生徒は澪以外にない。
亮子は仏頂面で腰を浮かせると、憤然と後方の席へと移動した。入れ替わりに澪が、亮子のいた机につく。結衣の隣りだと、いま気づいたらしい。澪は結衣に笑いかけた。結衣はすまし顔で見かえした。
悪手だっただろうか。だが生徒らには、やんわりと気づかせ、みずから悟らせるしかない。現に澪の前後の席も、ばつの悪そうな顔で机を動かし、結衣との間隔を適正に戻そうとしている。
結衣は素知らぬ態度で、また窓の外を眺めている。鮮やかな午後の陽射しが、透き通るような白い肌をさらに際立たせた。彼女の周りだけ、ぼんやりと光を放っているかに見えてくる。亮子の暗雲ばかりが漂う、憤懣やるかたないようすとは対照的だった。
ふたりとも面談する必要がある。厄介な事態だと和美は思った。優莉結衣はいろいろな意味で大物だ。悪くすれば学級崩壊につながりかねない。