東出昌大「“愛とはなんぞや”と、僕自身、この舞台を通し、考え抜いていくことになると思います」
公開日:2019/6/18
毎月3人の旬な有名人ゲストがこだわりのある一冊を選んで紹介する、ダ・ヴィンチ本誌の巻頭人気連載『あの人と本の話』。今回登場してくれたのは、この夏、東京・下北沢、本多劇場を皮切りに、岩松了の書き下ろし新作舞台『二度目の夏』で主演として立つ東出昌大さん。愛と嫉妬がうずまく恋愛劇において、“自分が自分でなくなるような”境地へと踏み込んでいく、その意気込みを伺った。
“角幡唯介を知らないのか”。それは、本をテーマにしたテレビ番組で対談したことから交流が生まれ、今では共に山に行くようにもなった登山家・服部文祥さんから驚きとともに告げられた言葉だったという。
「服部さんの“すごくいいよ”をきっかけに、冒険作家・角幡唯介さんの著作を次々と読んでいきました。この仕事をしているうえで、常に自問している“かっこいいとはなんぞや”ということも、日常のなかで抱える閉塞感から自分を解放させるということも、角幡さんの冒険、そこから紡がれる数多の文章は思索とともにヒントをくれた」
お薦め本『空白の五マイル チベット、世界最大のツアンポー峡谷に挑む』をはじめ、その著作を読むごとに、探検、冒険というものに付帯する生命へのリスクについても、自身のなかで変化が生まれてきたという。
「以前の僕は、“そんな危ないことまでしなくても”と、否定的な考えを持っていました。けれど、生命の一番ギリギリのところにまで行けた、という意味を持つ記述に、そういう境地があるのかと。そしてそれは、きっと僕自身も希求する“生命を輝かせる経験”なのだろうと」
角幡作品で触れていった冒険への衝動。演出家・岩松了との初タッグは、自身のなかで近しいものがあったという。
「演劇界で語られている岩松さんの舞台稽古は“千本ノック”と呼ばれており、自分が自分でいられなくなるような経験が待ち構えていると聞いています。正直、想像もできない怖さがある。でも一方で、それは楽しみでもあって。先日、岩松さんと食事をしたとき、舞台上で1を表現しようとすると、それは1にしか見えないけれど、表現をせず、その瞬間を“生きる”=0の状態を観客の方々が観ると、100にも200にも想像できるものになる、とおっしゃってくださって。僕はそうした“ただ、生きている”という芝居が好きだし、それを役者の聖地、自身の憧れでもあった本多劇場で、あの広さ、観客数のなかでできることは、非常に光栄なことだと思っています」
本作は東出さんにとって3作目となる舞台。出演作の豊富さゆえ、映像作品での印象が強いが、「俺は役者になったんだ」という実感を得たのは、昨年、松枝清顕役で主演した舞台『豊饒の海』のときのことだったという。
「畢生の大作、僕自身、大好きな三島由紀夫原作の大作を演じる際、1カ月にわたる稽古のなかで、“どうすれば松枝清顕になれることができるのだろう”と試行錯誤し、原作と向き合いながら悩み、苦しみ抜いたんです。僕はそれまで、“もっとああすればよかった”と思ってしまうことが多くて。けれど初日の舞台に立ったとき、初めて振り返ることなく、“やり切った”と思えたんです。そのとき、ふと“俺は役者になったんだ”という言葉が口を突いて出たんです」
その舞台を観客席から見つめていたのが、今回、映画『桐島、部活やめるってよ』以来、7年ぶりの共演となる太賀だったという。
「観終わったあと、“良かったよ”と。そして“来年、楽しみだね”と、太賀がニヤッと笑ったんです(笑)」
“来年”とは、まさしく『二度目の夏』のこと。嫉妬というみずからの感情に押しつぶされ、追い詰められ壊れゆく主人公と、その“嫉妬”を産み出していくことになる親友――愛と嫉妬がうずまく恋愛劇の中心にいる人物を2人は演じる。
「本作で、4度目の岩松作品出演となる太賀は、若いときから、あきらめずに突き進んできた人。この舞台を登山にたとえるなら、僕は最強の相棒と頂上を目指す境地なんです。本作について、あまり言葉を交わすことはないんですけれど、向いている方向はすでに一緒。2人で、そして、このカンパニーで新境地を切り拓いていきたい」
まだその全貌が明らかになっていない本作のテーマとして掲げられているのが“嫉妬”。映画『寝ても覚めても』でも、ドラマ『あなたのことはそれほど』でも、東出さんの演じた人物には“嫉妬”という要素が色濃く炙り出されていたが……。
「今回は一番どぎつい、超ド級の愛憎劇が展開されると思います。けれど僕の演じる田宮慎一郎は、しごくまっとうに思い悩んでいる。傍目からは嫉妬に狂っているように見えるかもしれませんが……。舞台上のその姿は、他者を愛することによる嫉妬なのか?それとも自己愛なのか?と、観客の方も考えるものになるのではないかなと思います。そして、僕自身、この舞台のテーマは“愛”だと捉えている。“愛とはなんぞや”と、この舞台を通し、考え抜くことになっていくと思います」
(取材・文:河村道子 写真:山口宏之)
舞台『二度目の夏』
作・演出:岩松 了 出演:東出昌大、太賀、水上京香、清水葉月、菅原永二、岩松 了、片桐はいり 東京公演:7月20日(土)〜8月12日(月・休)本多劇場にて上演
●結婚して二度目の夏、何不自由なく育った慎一郎(東出昌大)と妻(水上京香)は別荘にいた。慎一郎が出張している間、妻の遊び相手をつとめるのは親友の謙吾(太賀)。だがそこから……。嫉妬、愛というものを抉り出していく大人のための恋愛劇。