別れ話をした瞬間、元彼がストーカーに豹変! 衝撃のノンフィクション『ストーカーとの七〇〇日戦争』
更新日:2019/6/28
ベストセラーとなった『世界屠畜紀行』(解放出版社)では「動物が肉になるまで」を、『漂うままに島に着き』(朝日新聞出版)では「40代独身女性が小豆島に移住するまで」を書いた文筆家の内澤旬子さん。彼女が最新作『ストーカーとの七〇〇日戦争』(内澤旬子/文藝春秋)で綴るのは、なんと「ストーカー化した元交際相手が逮捕されてから仮釈放されるまで」の実体験だ。
マッチングサイトで知り合って8カ月後、ありふれた別れ話をした瞬間から、元恋人は豹変した。しつこい電話、間断なく送られてくるメッセージ、ネットの掲示板に書き込まれる誹謗中傷──恐怖のどん底に突き落とされた内澤さんが、それでも「書かなければ」と奮い立ったストーカー被害の全貌と本質とは? 『週刊文春』連載時に話題を呼んだ衝撃のノンフィクションについて、著者の内澤さんにお話をうかがった。
■この戦争は、700日では終わらない
──読み終わったときの感想が、「この戦争は700日じゃ終わらないんだ」というものだったのですが……。
内澤旬子さん(以下、内澤):本当にそうですね、終わってはいないです。
──執筆されているときのお気持ちは、どうでしたか。
内澤:この本は、加害者本人とのやりとりだけではなく、周囲の人とも「こう言った」「こう言われた」というやりとりを交わした、その積み重ねでできているので、なるべく正確に書かなくてはいけません。記録を読み返すのは、やっぱりしんどかったですね。メッセンジャーに書かれた罵詈雑言を読み返したり、mixiに自分だけが読めるように設定して書いていた「検察に行ってきた」「今フェリーに乗ってる」「バーカバーカ」っていう、即時的に吐き出したものを読み返したり……当時の感情を生々しく思い出して、しんどい部分はたくさんありました。
──まとめ上げたときのお気持ちは。
内澤:これでもう思い出さなくて済む、ようやく忘れられると思いましたね。でも、移住のことをテーマに書いた前の本(『漂うままに島に着き』)を出したとき、ストーカーにあっていることを隠してインタビューを受けたり、移住のすばらしさについて語ったりするのはすっごくつらかったんですよ。今回はすべてぶちまけられるので、その点は楽だなと思いますね。
──こうして公表されるのも、怖いことだったのではありませんか。
内澤:そういう気持ちもありますが、たとえば、ストーカー被害にあったことを隠して、次に「小豆島で狩猟生活をやっている」とか「ヤギを飼っている」といった内容のエッセイを書いたとします。すると、メディアに私の写真が出たり、記事が載ったりしますよね。一方で加害者は、ストーカーの治療もせず、警察に捨て台詞のようなことを言っている状態。もし彼が社会的に孤立していたら、「あいつのせいで俺の人生が詰んだんだ」「なにがあったかバラしてやる」と感情が再燃する恐れもありますよね。それなら、もうバラすことがないくらいまでぶちまけてやろう、ぜんぶ書いてやろうという気持ちになったんです。
■ストーカーは依存症の一種
──ストーカーが依存症のひとつだということにも驚きました。
内澤:そうですね。病気であって治療が必要なんだということを、社会全体、そしてストーカー加害者本人たちに、認識してもらいたいと思います。一般常識になってほしいですね。「自分はもしかしたらストーカーかもしれない」「行動を止められなくてまずいから、病院に行ったほうがいいかもしれない」と本人が思ってくれるなら一番いいし、まわりの人が気づいてくれるのでもいい。
現在は、本人が「ストーカーじゃない」と思い込んでしまえば、周囲の人が病院に行けと言ってもなかなか行かない、治療命令も出ないという状況です。それなら、本人が「自分はおかしいかもしれない」と思えるくらい、ストーカーは病気であるということが一般的になるしかないんじゃないかと考えて、本を書かせていただきました。
今は、警察に相談に行くと、逮捕の前の警告の段階でも、「治療に行かれたらどうですか」とすすめていらっしゃるみたいですね。それで加害者が病院に行ってくれるかどうかはわかりませんが、治療ができるものだということ、カウンセリングなどを受ければ本人が楽になるということが、ちょっとでも広まっていけばと思います。少しずつ、そういう方向に変わってきてはいると思いますけどね。
──実際にストーカー被害を体験されて、言葉として知っているだけのときとのギャップはありましたか。
内澤:私がイメージしていたストーカーというのは、つきまとうとか、つけ回すとか、そういった実質的な行動を伴うものだったんです。でも経験したのは、メールが大量に来て、それが止まらなくなるといった、デジタルでの行為だった。罵詈雑言のメッセージがスマホの通知にずらっと並んでるっていう恐怖は、これまで知りませんでしたね……。
しかも、被害にあっているあいだは、ただただ怖くて。「これ以上は警察に相談する」って言ってから数十秒で彼の態度が急変してしまったし、絶え間なくひどいメッセージが送られてくるので、なにかを考えるような暇もないんですよ。冷静な判断力も奪われている。SNSのメッセージやネットへの書き込みが、こんなふうに人を傷つける武器になってしまうんだというのも怖いことですよね。
■「警察」はNGワード、予防の決め手は「こじらせないこと」
──予防的にできることはあるのでしょうか。
内澤:究極の対策は「ストーキングさせないこと」ですね、こじらせないこと。そのために、「別れ方読本」を作りたいんですよ。すぐに使える、別れ方メールの文例集。出会うためのアドバイスが載っている本はたくさんあるのに、別れ方について解説された本ってありませんよね? でも、別れ話って、ショートメールを使うのかPCメールを使うのかでも違ってくるし、どれくらいの間を置いて返事をするべきなのか、上から目線になってないかといった、チェックすべきポイントが本当はたくさんあるんです。今回お世話になったカウンセラーの小早川明子先生は、その点に関するノウハウをいろいろと持っていらして。先生のご著書には1ページくらいそのことについて書かれているんですが、ぜひ文例集にしましょうよって。
私はもともと怒ることができない人間で、いろいろと溜め込んだ末に急に別れたくなって、こんなことになってしまった。ちゃんと怒ったり、不快だと思ったときに意思表明できるようにならなくちゃいけないと思ってはいるんですが、不満をどう伝えるか、どう異議を唱えるかっていうのは難しいですよね。それにしても、今回「警察に言います」と言っちゃったのは、本当に最悪の手だったんですよ。タイムマシンがあったら、あのときに戻りたいですね……。
──それを覚えておくだけで、こういった被害が少しでも減る気がしますね。
内澤:そうですね。「警察」っていう言葉がNGワードなら、「『相談機関』に相談します」といった言い方もありますし、相談機関がわからなくても、市役所に電話して「実はこういう被害にあっているんですが、どこに相談すればいいですか」って聞けば、警察以外のNPO団体などを紹介してもえます。警察沙汰にしたくないという人も、警察に相談する段階かどうかわからないという人もいるでしょうしね。
また、警察の対応としては、調書を見ると明らかなんですが、自分から「やめてください」と言ったところからが相手の「嫌がらせ」になります。「やめてください」と言うときの伝え方についても、上から目線にならないようにとか、気をつけるべきことがあるんですよね。小早川先生のご著書に、数ページそのことについて触れられている箇所があるんですが、あれを事前に読んでいれば、もう少しまともなメールが書けたのになと思います。
──SNSやネットの書き込みによる嫌がらせの様子には、この時代ならではのリアリティがありました。スマホ時代ですから、元手がかからず、手元から、簡単に攻撃できてしまうというのは恐ろしいですね。
内澤:デジタルタトゥーと呼ばれるインターネット上の書き込みは、消えることがありません。私にとっても傷ですが、相手が本当に更生しようと思ったとき、相手にとっても傷となるものです。自分がひどいことを書いたという事実が、自分でも消せずにネット上に残るんですよ。たとえば、本書の加害者が新しいパートナーを作ったとき、その彼女が「この人はこんなことを書いたんだ」と知ったら引きますよね? でも、その書き込みはもう消せない。加害者にとっても、消えないということは重いですよ。中学校の講演会なんかでも言いたいくらい。消えないということは、相手に打撃を与えるかもしれないけれど、自分の負の歴史としても一生残っちゃうんだよということを伝えたいです。
■ひとりで悩まないで、専門家に早めの相談を
──被害者と加害者、どちらにもメッセージが伝わる本だと思います。内澤さんと同じ被害にあっている人が、この本にたどり着いてくれるといいですね。
内澤:もちろんたどり着いてほしいですし、今は、警察庁がストーカー被害を未然に防ぐためのサイトCafé Mizenを立ち上げています。ここには、相談に乗ってくださる機関や電話相談窓口が記載されていますので、ひとりで悩んだり、「これくらいのことで相談してもいいのかな」なんて思ったりせず、早めに相談してください。不倫など、被害者のほうにも後ろめたい事情があって相談しにくい場合もあるかもしれませんが、ひとりで悩んでいてもこじれてしまうだけですから。
もしも友達にストーカー被害の相談を受けたという人は、被害者を責めないであげてくださいね。被害者は、本当に危ない状態になりかかっている人。孤立させるのはよくありません。周囲の人が、プロの手につなげてあげてほしいなと思います。
それから、この本は、被害に悩んでいる方だけでなく、こういう問題に対応していらっしゃる警察官、弁護士、検察官の方たちにも読んでいただきたいな。
私はふだん、こんなふうに世間を変えたい、社会を変えたいと思って本を書くタイプの人間じゃないので、口幅ったいというか、恥ずかしい部分もあるんですが……これは、言わなくてはいけないと思って書きました。言いたくても言えない人もたくさんいるでしょうし、書ける人間が書かなくてどうする、という気持ちですね。
取材・文=三田ゆき