欧州に押し寄せる難民が日本に辿りつく日は? コミック形式フォトノベルに世界の「亀裂」を見る
公開日:2019/6/23
UNHCR(国連難民高等弁務官事務所)が2018年6月に発表したデータによると、現在世界ではフランスの人口に匹敵する6850万人が家を追われていて、2秒に1人、1日に4万4400人が紛争や迫害、暴力などによる避難を余儀なくされているという。
【参考サイト】https://www.japanforunhcr.org/archives/13659
日本ではここ最近、ヨーロッパ各国に押し寄せる難民のニュースがめっきり減ってしまった。しかし、日本で報道されていないだけで、今こうしている間にも国境を越えてさまよう人たちは、世界中で生まれている。
彼らの多くが目指すは、フランスやドイツなどヨーロッパの先進国。フランスでは同化政策がとられているものの、移民たちはルーツを隠すことなく生活が送れる。またドイツの移民への社会保障の手厚さは、日本でもよく知られている。一方、移民支援の罰則化を可決したハンガリーのような、外から来た者にとって厳しい国もある。
『亀裂 欧州国境と難民』(ギジェルモ・アブリル:文、カルロス・スポットルノ:写真、上野貴彦:訳/花伝社)は、難民を保護する一方で排除するという、現在のヨーロッパの姿を映し出したフォトグラフィックノベルだ。755コマの写真と文字を、まるでマンガのように割り付けた斬新なこの本は、スペインで出版されたのち、イギリス、フランス、ドイツ、イタリアでも翻訳された。
著者で文章担当のギジェルモ・アブリルはスペイン語圏で最も読者数が多い新聞のひとつである『エル・パイス』の記者で、人物紹介やルポルタージュなどを担当してきた。写真を撮影したカルロス・スポットルノは、2002年にスペインのガリシア地方沖で発生した米石油タンカーの座礁・重油流出事故の現場写真で、翌年の世界報道写真賞を受賞。これまで6冊の写真集を出版している。
2人はアフリカ大陸のモロッコと接するスペインの飛び地・メリリャを皮切りに、地中海やバルカン・ルート(トルコからバルカン半島を北上してハンガリーを通るルート)、さらにロシアや北極圏まで訪ね歩き、国境を越えようとする人たちの姿を写し出す。顔に恐怖が刻み込まれたシリア人の子ども、柵を越えるために最悪な環境で野営する男性、難民キャンプを家のようにしつらえるクルド人夫婦…。1人1人違う佇まいと背景を持っているが、日常を奪われ、命の危険すらある状況であることは共通だ。だが彼らは言う。「どんな壁も、我々を止めることはできないさ」。
しかし、憧れのヨーロッパにやって来ても、失望するケースもある。ギリシャ国境が通れず代替ルートを探していたシリア難民は、ブルガリア越えを選んだものの、貧しさという現実に触れて、「これは本当に欧州なのか? シリアの方が豊かだった」と落胆する。ブルガリアはEU中の最貧国で、難民キャンプで提供される食事は「吐き気がするほどひどい」という。EU加盟国は決して一枚岩ではなく、ブルガリアのように自国が移民を輩出している国もある。タイトルの『亀裂』は、まさにヨーロッパの現況を表しているのだ。
旅の終わりに向かった極寒のスウェーデンで出会った難民は、車でやってきたアフガニスタン人の一家とカメルーン人2人。なぜ中東とアフリカ出身の彼らが一緒にそこに降り立ったのか、説明はない。しかし、国境を背に写真におさまる彼らをギジェルモは、
表情、着こんだ服、スーツケース、周囲の雪、全てが状況を物語る。
我々の生きる世界を、まるで鏡映しにしたようだ。
写真から、中東とその戦争、アフリカの貧困が見える。
背後にはロシア、手前には安全な孤島としての欧州。
欧州連合、平和の理想、そして豊かさとともに、あらゆる亀裂が見いだされる。英国は逃げ出し、国々の間に壁が築かれる。ナショナリズムが台頭する。
軍事的で挑発的、怒りに満ちた言葉遣いが流行る。
第三次大戦の到来がささやかれ、
すでに始まっていると断言する者まで現れる。
と記す。
その鏡にはもしかしたら、日本も映っているかもしれない。確かに中東やアフリカは日本から遠く、難民が大挙して押し寄せるにはハードルが高い。しかし、欧州の亀裂を「日本には関係ない」と言い切れるだろうか。
日本は2018年に1万430件の難民申請があったが、42人しか認定していない。また、難民認定はしないものの、人道的な見地から帰国させずに留め置く「特別在留許可」も、40人どまりだ。日本は難民にとって厳しい国なのは事実だろう。さらに、難民申請を出していないが訳あって滞在している外国籍者も存在する。難民が生み出される原因となる紛争や経済格差に、日本も間接的に関与している可能性も高い。決して、無関係ではないのだ。
写真と文字を眺めるだけでも十分知ることができるが、訳者の上野貴彦さんによる刊行の経緯や難民について知るための参考文献などが紹介された解説まで読めば、より内容の理解は深まるだろう。この充実した本書を日本語で読めること自体が、とても幸せなことだと思った。
文=朴順梨