時空を超えてたどりついたのは●●時代! 傷だらけで牢屋にいたハジメはどうなる!? 絶対に泣けるダークファンタジー/『黄昏出張所』⑥

文芸・カルチャー

公開日:2019/6/24

もし、人生をリセットできるなら――。不遇の青年・遠野ハジメ。彼の目の前に現れたのは、歴史上の人物の意識を喰い、過去を変えてしまう「蟲」から歴史を守る「蟲番」だった。蟲番からの3つのミッションに成功し、ハジメは報酬をもらえるのか――? 感涙のラストが待つ、ダーク・ファンタジー!

『黄昏出張所』(中村ふみ/KADOKAWA)

3

 胃の辺りがひどくむかむかしていた。

 肩は痛むし、指先は感覚がないし、背中が腫れている感覚がある。片目も腫れているのか、目蓋がうまく上がらない。

 状況を一つ一つ説明するとまだまだ長くなる。つまり全身の具合が悪いと言った方が早かった。

(暗いな)

 片目を開けてもあまり変わらなかった。閉じても開けても暗闇だった。たぶん仰向けになっている。一応屋内のようだが、それにしては寝心地が悪すぎた。布団の上でないことは間違いない。

 触れた手の感触からすると筵(むしろ)とか蓙(ござ)というものに近い気がする。屋内でこんなものの上に寝ているというのはどういう状況なのだろう。

 どこからか男たちの囁き声が聞こえてくるが、何を言っているのかまではわからなかった。

 なんとか手を持ち上げてみる。自分の体に触れてみた。

「……着物?」

 普段は安物のTシャツとジーンズだ。なんでこんなものを着ているのか。しかも随分と薄っぺらいのを一枚着ているだけだった。

 ふと気付く。

(今出た声は自分のものなのか)

 風邪でも引いているのだろうか。

 これだけあちこち痛ければ風邪も追加されていても不思議ではない。体を起こそうとしたが、うまくできない。骨がばらばらになりそうだった。

 怪我をしているということだろうか。

(待て待て、思い出せ)

 遠野ハジメはこうなる前のことを考えた。

 黄昏の公園であの男と会ったのだ。奴は自分を蟲番だと言った。臨時職員に採用されたらしく、いきなり出発すると言われたが。

 移動したというより、どこかに飛ばされたというのが正しいのではないかと思った。でなければこの状況は飲み込めない。

(ってことはこれが仕事?)

 目が慣れてくるとわずかに室内の様子が見えてくる。遠くに灯りがあるのだろう。板の壁らしきものが見える。合板じゃなくて本当の板だ。天井も木製ではないだろうか。

 はっきりわからないが、最近の建築物ではなさそうだ。怪我をしてどこか山小屋みたいなところにでも寝かされているのだろうか。口元を少し動かしたらなにやらさわさわする。どうやら髭が伸びているらしい。

 ゆっくり首を動かしてみた。右を見たら壁だった。左に向きを変える。

「あ……?」

 何だろう、この細長い格子は。

 どこかで見たことがあるような気がした。そうだ、確か時代劇などに出てくる牢屋の格子だ。

(なんでそんなところに?)

 もしかして場所どころか時代も移動してないか。

 ハジメはなんとか体をおこすと痛む体に活を入れ、格子の木を両手で摑んだ。

「ここどこだ。ふざけんな、出せっ」

 唾を吐く勢いで叫んだが、喉が渇いて痛み、水分など出なかった。

 とにかく自分がどうなっているのかを把握しなければならない。蟲番でも誰でもいいから出てきて、この状況を説明してほしかった。

「おっ、おお……動けるようになりましたか」

「本当だ、こいつは助かった。死なれようものなら」

 丁髷に着物を着た二人の男が灯りを持って駆けつけてきた。騙されているのでなければ、ここは本当に江戸時代以前ということになる。

「ここどこだ、あんたたち誰だ」

 侍たちは目を丸くした。

「これはどうしたことだ」

「乱心召されたか」

 牢番たちは無理もないというように目を合わせて肯いた。

「三倉様、落ち着かれませ。まずはご回復安堵いたしました」

 丁寧に頭を下げた。

(三倉様……?)

 様がついたということはそれなりに身分のある者ということだろうか。

「最後までどうか武士らしくなさってくだされ。何か召し上がりますか」

 意外にも丁寧な対応をされている。

「そう言えば腹が減っている」

 確かにかなり空腹だった。

「よかった。口にする気力が出たようですな」

「水と粥を持ってきますぞ。お待ちくだされ」

 一人の牢番がすぐに立ち去った。食べ物を持ってきてくれるらしい。

「ええっと、今は何時代?」

「は?」

 残った牢番にぽかんとされ、ハジメも気がついた。ナントカ時代などという概念を持ったのはわりと最近のことなのかもしれない。江戸時代の人は江戸時代などと思っていないのだ。

「将軍様はどなたで?」

 これならある程度回答が得られるのではないかと思った。

「義昭公ですが……まあ、もはや意味はないかと」

 ハジメは必死に思い出した。徳川ではない。だとすればたぶん、室町時代の最後の将軍ではないだろうか。

「あの……織田信長とか知ってます?」

「尾張の織田様ですか」

 やはりそのあたりの時代らしい。

「えっと……オレ、なんで牢屋にいるんですか」

「お気をたしかに。錯乱するお気持ちもわかりますが」

 牢屋に入れられて頭がおかしくなったと思われているらしい。向こうからすればそういうことだろう。

「ちょっと具合が悪くて記憶が飛んでいるようなのだ。それがしは何故ここにいるのか教えてくれるか」

 できる限り時代劇調で話してみた。

「……おいたわしい。無理もござりませぬ。殿に進言なさっただけでこの仕打ち。それがしも無念でござります」

 んん?

 そりゃつまり、殿様に何かああした方がいいとか言っただけで牢屋にぶち込まれたということか。

(オレがオレじゃなくなってる?)

 三倉という男になっているということだろうか。別の人生を体験するってこういう意味だったのか。

 ハジメはあまりのことに放心していた。頭が真っ白になるどころの話ではなかった。

「……夢だ、絶対」

 そう思うしかなかった。

「お待たせしました。召し上がってください」

 戻ってきた牢番が木製の椀と湯飲みを差し出し、牢の中においた。椀には色の悪い粥が入っていた。

「雑穀か」

「ここは牢獄ゆえ」

 囚人が白い飯など食えるわけがないということだ。そう思うと現代の刑務所はきっと優しいのだろう。おかずだってある筈だ。

「それでは召し上がってお休みください。その日まではどうかお静かに」

「では、我らはこれにて」

 牢番二人が去って行った。

第7回に続く

著者プロフィール
●中村 ふみ:
秋田県生まれ。2010年『裏閻魔』で第1回ゴールデン・エレファント賞大賞を受賞し、デビュー。他の著作に、『魔女か天女か』『冬青寺奇譚帖』『なぞとき紙芝居』『夜見師』『死神憑きの浮世堂』『天下四国』シリーズなどがある。