体に深刻な異常を抱える犬が急増! 犬ブームの陰にある「純血種信仰」の危うさ

社会

公開日:2019/7/6

『純血種という病』(マイケル・ブランドー:著、夏目大:訳/白揚社)

「わぁ、かわいい! トイ・プードルちゃんかな?」
「うちのは“なんちゃって豆柴”なんです」
このように飼っている犬の犬種を確認し合うのは、犬好きの人にとってはどうということもない、よくある話だろう。しかし「犬種」とはいったい何だろう? 血統書付きの犬はどうして雑種よりも高額で取引されるのか? そんなことを考えはじめると、犬という種自体が置かれている残酷な状況にも目を向けざるを得なくなる。

 その残酷さとは、ペットショップで売れ残った犬や、引き取り手のいない雑種犬が次々と保健所で殺処分されるのはかわいそうだ、という問題にはとどまらない、もっと構造的なものだ。より“売れる”人気の犬種を生み出そうとして無理な交配が繰り返された結果、犬に深刻な健康被害が起きているというのだ。

『純血種という病』(マイケル・ブランドー:著、夏目大:訳/白揚社)は、ニューヨーク在住のジャーナリストで、10年にわたり犬の散歩代行の仕事をしてきた著者による、問題告発の書だ。長い歴史の中で確立された犬にまつわる産業システム自体を問題視し、犬と人間の遺伝子学について新たな視点から切り込んだ学問書でもある。

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■ブリーディングの結果、体に深刻な異常を抱える犬が急増

『動物たちの心の科学』(青土社)などで名高い動物行動学者、マーク・ベコフによる本書の短い序文は、本書が何を告発し、どのような解決策を提示しているかを簡潔に示している。

“人間には魅力的でも犬自身にとってはほぼ意味をなさない特徴を生み出すようなブリーディングはやめるべきだ。障害を抱えさせ、痛みや苦しみ、早すぎる死さえもたらす、解剖学的、生理学的、あるいは遺伝的な疾患を引き起こすようなブリーディングが気高いはずなどない。(中略)純血種のブリーディングをやめさせる最良の手段は、純血種の犬を買わないようにすることである。”

 たとえば、人間の気まぐれが発端で、極端に顔が真っ平らに変化させられたブルドッグ、フレンチ・ブルドッグ、パグなどの短頭種。顔があまりにも平らで口が浅くなり、その結果パンティング(体温調節のために口を開けて舌を出し、ハァハァと呼吸すること)による体の冷却がうまくいかず、生命維持に不可欠な呼吸器系への影響が深刻化しているという。

 このように、犬種の特徴をより際立たせるためのブリーディング(育種:特定の種をつくり育てること)が、純血種の犬にさまざまな苦痛を与えていることが、数々の研究結果から明らかとなっている。ガン、四肢の奇形、肌の異常、目や耳の感染症などに苦しむ犬は多く、その数は増え続けているという。愛犬家はこの悲しい現実を直視しなければならない。

■純血種信仰の危うさは犬に限ったことではない

 純血種信仰の危うさは、犬に限ったことではなさそうだ。最近では、生まれてくる自分の子どもに完璧さを求める「パーフェクトベビー願望」が問題となっているが、そもそも子どもは成長してみないとどんな顔や体や性質になるか、わからなくて当然だったはずである。だが、犬ならば完璧さを操作してもよいのだろうか…?

 一部の愛犬家たちによるドッグショーでの競い合いや、純血種と純血種をかけ合わせる“デザイナーズ・ドッグ”のブームなどは、権威自慢以外のなにものでもない。あるペット産業は、「犬と人の良い関係とは」という根本的な問いに答えることなく、ただ人間の願望や欲望をお金に置き換えることに執着している。その結果が、いまの過酷な状況である――そう訴える著者の声は、愛犬家たちには届いていないのだろうか。

 人間と犬の歴史はとても古い。最新の研究によると、人間は犬とともに暮らしはじめることで、ほかの種と暮らす魅力やメリットを知り、ほ乳類を家畜化するようになったという。つまり犬が人間に寄り添うことがなければ、牛乳を飲んだり馬に乗ったりすることもなかったかもしれないのだ。

 私たちは長らく犬に助けられてきた。それなのに、はるか昔から姿かたちがさほど変化していない猫に対して、犬はどうだろう。犬の先祖がオオカミらしいと子どもでも知っているが、オオカミとはかけ離れた外見の犬種は非常に多い。すべて人間がブリーディングによってつくり出した犬たちなのだ。

 犬のことを考えることは、私たちの文明・文化の来し方行く末を考えることにつながる。そういう視点で「純血種」について考える時機にきている。

文=マペジョー夫妻/バーネット