カズレーザーが絶賛する名手がおくる、青春ミステリ『プラスマイナスゼロ』とは?
公開日:2019/7/14
ずっと昔を振り返って、「どうしてあんな小さなことを気にしていたんだろう」と、不思議に思うことがある。たとえば、中高生だったころ。クラスメイトに好かれようが嫌われようが、言いたいことを言えばよかったはずだ。それなのに、いつも周囲が気になって、平均から飛び出さないよう、でも置いていかれないように、自分を足したり引いたりしていた。大人になった今みたいに、「学校がダメなら外の世界で生きればいい」とは、とてもではないが思えなかった。そのころの自分にとっては、目に映る範囲の景色が、この世界のすべてだったから。
『プラスマイナスゼロ』(若竹七海/ポプラ社)の主人公・ミサキも、あるいはそう考えているのかもしれない。
ミサキこと崎谷美咲が通うのは、神奈川のど田舎、葉崎市の山のてっぺんにある、葉崎山高校だ。市内にみっつある高校のうち、頭のいいひとたちが行く葉崎東高校と、神奈川中の大ばかもんが集まる葉崎西高校と比べると、乱暴でも“中間レベル”と言わざるを得ない学校である。
そしてこの葉崎山高校、定員をオーバーしていないかぎり受かるという二次募集があるために、ちょっとした珍事が発生する。成績・運動能力・容姿・身長体重バストヒップに靴のサイズまですべてが全国標準という“歩く平均値”・ミサキと、成績優秀品行方正、美人でお金持ちのお嬢様ながら、異様なまでに運の悪いテンコこと天知百合子、髪も唇も真っ赤に染め上げ、バンチョーでもやっていそうだが義理人情には厚いユーリこと黒岩有理が、同じ学校の同級生になってしまうのだ。
なんとなくつるむことになった3人の極端さは、教員が「プラスとマイナスとゼロが歩いてら」と評するほど。3人があまりに個性的だからというわけではないだろうが、ミサキたちは、おだやかなはずの海辺の町・葉崎にあっても、なにかと厄介な事件に巻き込まれる。
「なんか最近、アタシら死体に縁がねーか?」
ユーリは真っ赤な髪の毛を、真っ赤にマニキュアを塗った指でいじくりまわしながら言った。
「ったく、誰のせいだっつーの。楽しいコーコー生活に死体ってフツー、関係ねーはずだろ。まいっちまうぜ」
そう、たしかに通常、楽しい高校生活に死体は関係ない。でも彼女たちは、運命的に死体に出会ってしまう、事件の現場に居合わせてしまう。学校の内外にかかわらず、季節を問わず、夏休みや文化祭がわりの収穫祭、クリスマスなどのタイミングもすべて無視して巻き起こる騒動の謎を、ミサキたちはどう解き明かすのか!?
超凸凹女子高生トリオがすったもんだしているのは、葉崎という小さな町、小さな世界だ。高校時代の彼女たちは、ミサキ自身が振り返るとおり、井の中の蛙でしかない。けれど彼女たちの、可笑しくて真面目で、一生懸命で幼くて、どうしようもなくまぶしい日々を眺めていると、狭く小さな世界だからこそ、彼女たちにしか見えない風景、彼女たちにしか味わえない喜びと切なさ、彼女たちにしか育めない絆があるのだと思えてくる。思い返せば、自分の中にも、そんな小さな井戸の中の景色があるのではないか。
テレビ朝日『アメトーーク!』で、お笑い芸人のカズレーザーさん(メイプル超合金)が絶賛した書き手・若竹七海さんによる、ロングセラー青春ミステリ。書き下ろし掌編「潮風にさよなら」を特別収録した新装版の発売を機に、あなたの中の懐かしい葉崎の町へも、旅立ってみてほしい。
文=三田ゆき