「読みたくなる文章のからくり」とは? ネット世代と、それ以前世代の著名人から学ぶ「バズる」モデル
公開日:2019/7/23
仕事をテーマにした「はたらく言葉たち」という阪急電鉄の中吊り広告が、炎上騒ぎとなった。話題になるのが広告の目的とするのなら成功であるものの、最終的には広告を取り下げる事態に。多くの人がSNSで情報を発信する現代において、ネット上で短期間に大きく話題になる「バズる」のと、批判が拡大する「炎上」は似て非なるものとはいえ、誰からも反応が無いとなれば、どんな発言も虚空に向かって独り言を呟いているようなものだ。そしてSNSをやるのは、ぶっちゃけて言えば承認欲求を満たすため。どうせやるなら人から注目されたいと思うのは当然だろう。しかし炎上は避けたい小心者の私は、『文芸オタクの私が教える バズる文章教室』(三宅香帆/サンクチュアリ出版)からテクニックを拝借することにした。
ところが本書は、そんな“技術的”な内容ではなかった。「文章で的確に伝える」のではなく、「文章で楽しんでもらう」という“文芸的”な目線で書くための文章教室だと、冒頭で著者が述べている。しまった、久しぶりに選書を失敗したか。しかし、買ってしまったものは仕方がない。私は出された食事は、「いただきます」と感謝の気持ちをもって完食しないと気がすまないタチなので。
著者が掲げる本書の目的は、以下の三つの文章を書けるようになること。
1、(文章の終わりまで読もうかな)と思ってもらう。
2、(この人いいな)と思ってもらう。
3、(広めたいな)と思ってもらう。
これらはつまり、一時的なブームで終わらせないための極意でもある。手っ取り早く過激なコトを書いてバズらせるより、「みんなに好きになってもらえる文章」を書くほうが「一番の近道だと私は思っています」と著者は云う。そのために人気作家をはじめアイドルや、ネットで発信しているインフルエンサーの文章を研究して、「読んでて楽しい文章の法則」をまとめたのがこの一冊。どうすれば振り向いてもらえるかの「バズるつかみ」から始まり、どうすれば心を開いてもらえるのかを考える「バズる文体」と、どうすれば楽しんでもらえるかを工夫する「バズる組み立て」を経て、最後には思い出してもらうための「バズる言葉選び」に至る。
他のハウツー本と同じように項目ごとに例文を引用し、解説を加え、まとめるという定番のスタイルでありながら、その解説が抜群に面白い。過去の思い出話を作品へと昇華させた森鷗外の『雁』を取り上げ、文章を書く人は全員が「過去に向きがち」な「過去型」と、未来に向きがちな「未来型」の2タイプに分類されると言い切る。この、言い切りが文章のリズムになっていて、村上春樹の文章を「よくわからないけど、なんか勢いで読んじゃった」などと評している。そうかと思えば三島由紀夫の『鹿鳴館』を引用し、人の心に残すためには「でこぼこする言葉を使う」なんて真逆なコトを平然と書いてのけるのだからたまらない。
そこにあるのは、文章の読み手に楽しんでもらおうという直球で真摯な態度、そして読点の打ち方だの視点の運び方だのといった文芸オタクらしいマニアックさのギャップからくる面白さで、簡単にバズる方法を知りたいと、曇った目で読み始めた自分が恥ずかしい。
さて、実はこの原稿にも本書にあったアドバイスを、あれやこれやと詰め込んでみたら、ツギハギだらけの奇々怪々な文章になった気がする。読み終えてみて分かったのは、コレをやるのが正解という答えはないこと。でも、最初に思いついた文章を眺め、視点を変え言葉を別の表現に変えてみようと考えていたら、なんだか楽しい気分になってきたことに気が付いた。心理学的には、笑顔を向けると相手からの好意を引き出せるとされているから、まずは自分が楽しむ気持ちを忘れずに書いてみよう。バズるかどうかは、それからの話。
文=清水銀嶺