ついに掲げた「We」。歌でつながる円環は、豊かに広がっていく――井口裕香インタビュー
更新日:2020/4/30
TVアニメ『ダンジョンに出会いを求めるのは間違っているだろうかⅡ』のオープニングを飾るのは、井口裕香の13枚目のシングル『HELLO to DREAM』(発売中)だ。1期のOP曲“Hey World”から、約4年。『ダンまち』への自身の関わり方を「歌のお姉さん」と位置づけてきた井口裕香だが、着実に積み重ねてきた音楽活動の経験は“HELLO to DREAM”にもしっかり投影されており、アニメーションへの期待値をさらに高めてくれる佳曲が生まれた。楽曲全体から感じられる「迷いのなさ」の背景にあるものとは何であるのか――ヒタチ・千草役として出演する『ダンまちⅡ』への想いとあわせて語ってもらった。
また、今回のシングルにおいて出色なのが、アーティスト盤/通常盤のカップリング曲“We are together!!”。1stアルバム『Hafa Adai!!』収録の“キミのチカラ”は象徴的だが、井口裕香の音楽活動において、「キミ」は常にひとつのキーワードであり続けているし、楽曲を受け取ってくれる「キミ」=聴き手との関係性こそが、表現者・井口裕香を前進させる大きな力になってきた。「キミ」と一緒に並んで歩く=「We」を掲げることに至った、「井口裕香の最新モード」について、話を聞いた。
「千草はとてもかわいいんだ!」って、声を大にして言いたい
――13枚目のシングル“HELLO to DREAM”、とてもいい曲になりましたね。井口さんとしても、いい曲が作れた手応えを感じてるんじゃないですか。
井口:一度聴いただけで心に残る曲なので、歌うのがすごく楽しかったです。この曲は、ベルくんの気持ちを歌った曲であり、聴いてくれてるみんなにも当てはまる曲で。ベルくんも、いろんな物語を経て、ひとりではなく仲間がいるんだって改めて言えるようになったけれど、それはわたし自身にも重なるところがあったので、「いい曲になりそうだな」って思いながらレコーディングさせていただきました。
――井口さんはレコーディングのとき、いろいろ探り当てる作業をしている、という話をよくしてるじゃないですか。今回に関してはどうでした?
井口:そう、それが今回なかったんですよね。なんでだろう?
――実際、曲を聴いていても、迷いのない感じが伝わってきますよ。
井口:ほんとですか? そう、迷わなかったんですよね。ヒロイズムさんの楽曲が明確だったこともあるし、『ダンまち』は長く続いてる作品でもあるし、わたし自身がシングルを13枚重ねてきたこともあるかもしれないですけど。レコーディングも速かったんですよ。いつもは、録り始めるまでに「こうやってみよう」「これで合ってるかな?」とか、いろいろな作業をやってたんですけど、今回はそれが一切なく、スタジオに入って、みんなで小一時間おやつを食べながらしゃべったりしていて(笑)。迷うこともなかったし、いい意味でとても肩の力を抜いてレコーディングできました。
今、お話していてひとつ思ったのは、20代は自信もなかったし、教えてもらうことが多かったんです。曲はいろんな人たちの思いでできているから、いろんな人の意見を取り入れたいと思ってたけど、大人の年齢である30歳になって、あまり人に頼らなくなったのかもしれないです。「結局は自分の打ち出し方なんだな」って、今までのシングルを歌ったり、ライブをやってきて気づけたところがあって。ずっと、曲の正解が見えない気がしてたんですけど、顔色をうかがわなくなったのかも(笑)。
――(笑)自分が「いい表現を出せてる」って確信が持てないと、人に聞きたくなりますよね。自信がないから、「大丈夫ですか?」「どうですか?」ってなるんだろうし。
井口:自信がついたのかな?
――自信なのか、開き直りなのか(笑)。
井口:開き直ったのかも(笑)。でも、ずっとジタバタしてたし、不安がってたと思います。
――たぶん、不安が完全になくなったりはしないんだろうけど、その不安をそれほど気にしなくてもいいメンタルになってるんじゃないですか。
井口:なってます。そのとおり!
――やっぱり開き直りだ(笑)。
井口:ヤバい(笑)。でも、「30歳だしな」っていう開き直りは大きいかもしれない。逆に言うと、なんかもう、「あがいていてもな」って(笑)。あがいていても、誰かが救ってくれるわけではないし、リテイクをしていく中で、自分の正解を見つけていく作業だから。たぶん自信もついたし、自分で決める覚悟がついたのかなって思います。
――ひとつ前のシングル、“おなじ空の下で”は、2枚同時リリースのうちの1枚で、『ダンまち』の劇場版の主題歌だったわけですけど、井口さんの中でどんな曲として残っていますか。
井口:わたし個人としては、“おなじ空の下で”は卒業ソングでした。10年続いたラジオ(『A&Gメディアステーション こむちゃっとカウントダウン』)を卒業したり、大きく環境が変わるタイミングでこの曲に出会ったので、誰かの背中を押すつもりが自分の背中を押してもらっていた、というか。すごくきっかけになる1曲だったし、もしかしたら“おなじ空の下で”があったから、“HELLO to DREAM”で腹をくくれたのかもしれないです。別れと出会い、新たな環境で頑張っていくきっかけになった曲でした。
――10年やってきた『こむちゃ』を離れるのは、どういう体験でしたか?
井口:いやあ~、かけがえのない経験であり、存在でしたね。『こむちゃ』があったからこそ、アーティスト活動にも刺激を受けた部分がたくさんあります。だからこそ、転機になりました。スタッフさんたちも、「ラジオパーソナリティとして他の経験も積んでほしい」ということで、背中を押してくださったので、その気持ちも大事にしながら、次に進んでいきたいなあ、と思いました。ラジオのお仕事には、声優をしているだけだとできない出会いがあるので、心の大きなモチベーションになってると思います。
――『ダンまち』との関わりとしては、TVアニメ1期のオープニング“Hey World”を担当したことで「歌のお姉さんポジションが確立された」という話を井口さん自身がよくしてますけど、それは“Hey World”が歌い手としての可能性や選択肢を広げてくれた、ということだと思うんです。“HELLO to DREAM”には、育ててきた可能性と選択肢が投影されているんじゃないかな、と。
井口:うんうん、そうですね。「わたしの歌を聴け!」ではなく、楽曲に寄り添って、いろんな人たちのいろんな解釈があるけど、わたしが思う“HELLO to DREAM”もあって。背中を押して、一緒に前に進んでいくんだ、みたいな気持ちが、みんなにも伝わったらいいな、と思います。今までの流れがあるからこそ、歌詞にも共感できるところがたくさんあったので、「聴いてくれる人の心に届くといいなあ」と思いつつ歌いました。「さあ、聴くぞ!」って気合いを入れて向き合う楽曲ではなくて、お仕事に行くときとか、もっと頑張りたいとき、疲れてるときに寄り添えるような楽曲になっているんじゃないかな、と思います。
――『ダンまち』の2期では、声優としても活躍の場がありますね。他のキャストさんの話では、『ダンまち』はとにかくゲーム(『ダンまち〜メモリア・フレーゼ〜』)で録るセリフの量が膨大、ということですけど、井口さんにとっても千草というキャラクターはたいぶ浸透しているんでしょうか。
井口:浸透してます。ゲームの千草は、めっちゃかわいいんですよ。デレたりもするし、「そんなにしゃべるの?」っていうくらい、自分の気持ちをしゃべるようになって。ゲームで、今まで見たことがない表情がいっぱい見られた分、アニメの収録でも、口数は少ないながらも「きっと、こんなことを思ってるんだろうな」みたいなことも想像できるようになりました。「一方、その頃」みたいな感じで描かれていなかったとしても、自分の中で補える要素が増えたのは、とても大きいと思います。
――収録を重ねるごとに、千草への愛着もどんどん湧いているんじゃないですか。
井口:うん、湧きますね。ほんとに、「千草はとてもかわいいんだ!」って、声を大にして言いたいです。おしとやかで、控えめで――『ダンまち』は、けっこうグイグイ行く人が多いので(笑)。「控えめな千草もいいんだぞ」って伝えたいですね。
――TVアニメ2期における千草の役割について、井口さんはどうとらえているんでしょうか。
井口:やっぱり仲間思いな子なので、口数は少なかったとしても、彼女が取る行動に、その部分が少なからず描かれるんじゃないかな、と思っていて。昔からの友人を探すために奮闘するシーンがあるんですけど、そのときの千草はすごく表情がかわいいので、ご期待ください!
――今回、特集を作っていて、関わっている皆さんがほんとに『ダンまち』が大好きなんだなって、いろんな場面で感じるんですよ。
井口:うんうん。
――実際、参加しているキャストの立場から見て、『ダンまち』の魅力とは何だと思いますか。
井口:ベルくんと松岡くんのリンク感が、魅力のひとつだと思います。いろいろ注目するところはあるけれど、やっぱりベルくん、松岡くんがいないとお話が成り立たないし、松岡くんのひたむきなお芝居がみんなを自然と引っ張ってくれてると思うので。『ダンまち』の魅力は松岡禎丞だと思います(笑)。
――(笑)彼は収録のとき、スタジオの中で端に座るらしいですね。
井口:端に座るし、彼が自ら絡みには行ったりはしないんですけど、「ここ!」っていうタイミングでお茶目なことをするんですよね。そういうことを、狙ってではなく自然とできてしまう人だからこそ、放っとけない男子、みたいな?――放っておいてほしいんだろうけど(笑)。放っておかれたい感じだから、構いたい女子も多いんじゃないかな。この現場には女子が多いんですけど、細谷(佳正。ヴェルフ・クロッゾ役)くんもなんか女子みたいなところがあるし(笑)。オフではお茶目な松岡くんだけど、マイクの前に立つと圧倒的な集中力を発揮するので、オン/オフともにみんなが目を離せない存在ですね。
――これは皆さんに聞いてるんですけど、もし井口さん自身がオラリオにいるとしたら、どんな冒険者になりたいと思いますか?
井口:昔だったら、「ガンガン行こうぜ」な感じで、レベルを上げることに特化したかっただろうけど、今は「誰と一緒にいるか」が一番大事な気がするので、居心地のいいファミリア作りをしたいですね、以前は、仕事であったり、責任が伴うことに関しては、自信のなさや不安感があったんですけど、自分が矢面に立って自分で後の処理ができることであれば、ガンガン行くタイプなんです。だから、自分ひとりで敵をたくさん倒して、経験値をいっぱい稼ぐ、みたいなことをしてたと思うんですけど、今だったら、自分ひとりで倒せそうな敵でも「みんなと一緒にどう倒すか」を楽しめる気がします。
ついに「We」を掲げました――すぐしまうかもしれないけど(笑)
――今回のシングルに収録された楽曲で、アーティスト盤カップリングの“We are together!!”がとても印象的でした。「こういうことがやりたい」っていう井口さんからの発信が反映された曲なんじゃないかな、と思ったんですけども。
井口:そうですね。わたし自身、 EDM楽曲が好きなので、前からそういう楽曲をやれたらっていう話はしていて。ライブで盛り上がれて、一緒に掛け合いができる、かつ踊れるEDMをやりたいですっていう話から、みんなが楽しく聴けて、わたしが歌えるところをすり合わせて今回の楽曲になったんですけど、歌詞もメロディもキャッチーで、かわいい楽曲になりました。
――いちリスナーの主観込みで言うと、これが「井口裕香の音楽」だなって思います。
井口:おお~。出ました!(笑)。嬉しいです。“We are together!!”は、タイトルを決めるときに悩んだんですよ。やっぱり、《キミ》っていう言葉が過去にもいっぱい出てきたし、今回も入ってるし、それは大事にしたいけど、ずっと《キミと》だったんですね。だけど、“HELLO to DREAM”もそうですけど、キミがいて僕がいる、でもそこには1対1だけじゃなく、広がりが感じられる「仲間」っていう表現ができるようになった今、“We are together!!”も、もちろん《キミ》がいてわたしがいるんだけど、1対1であり、みんなでひとつであり、「みんなでひとつ感」も出せたら、と思っていて。もちろん気持ちは1対1だけど、それがつながって、わたしとキミもつながって、キミとキミもつながって、みたいな。すごく悩んで、結果タイトルは“We are together!!”になりましたが、「We」や「みんな」っていう言葉が選べるのも、これまでいろいろなことを経てきたからなのかなあ、と思ったりします。
――まさにそこが、この曲のポイントで。今まで、再三「キミ」と言い続けてきたじゃないですか、1stアルバムの“キミのチカラ”に始まり、“YOU!!!”もあったし、“キミとボク”もあった。1対1、あるいは1対他者の関係だったのが、ついに融け合って「僕ら」になったんだなっていう。実際、 “HELLO to DREAM”にも《僕ら》というフレーズが出てくるし。
井口:そうそう、そうなんです。これも、一体いつから「僕ら」と言えるようになったのかは、ほんとに不思議なんですけど。
――少なくとも、今までは言ってないですよね。
井口:そう、言ってないんです。
――ついに「Weを掲げたんだな」っていう。ちょっと胸熱ですよね。
井口:ついに「We」を掲げました――すぐしまうかもしれないけど(笑)。
――(笑)2月の『終わらない歌』『おなじ空の下で』のインタビューで、井口さんは「脱・現状維持」を今後のテーマにしてたじゃないですか。たぶん、その「脱・現状維持」と宣言した先に、この“We are together!!”があったのではないか、と思うんですよ。
井口:うんうん、そうですね。現状維持、脱してます。それは自ら意識していることでもあるし、バチンと切り替わって今までと180度違うことをするのではなくて、今までの積み重ねがあったからこそ、自然と初めてのことにも挑戦できていて。『こむちゃ』を卒業して始まった『RADIO UnoZero』もそうですけど、「絶対に変わってやる!」と思っているわけではなくとも、たぶん自然と自分が変わっていく選択肢を選んでいってるんでしょうね。
――なるほど。ところで、2ndアルバム『az you like…』をリリースしてから、3年経ちましたね。
井口:3rdアルバム、やりたいんですよね。シングルをたくさん出させてもらったので、ベストアルバムみたいになっちゃうと思うんですけど(笑)。ありがたいことに、そうやって求めていただく意見もありますし、「MV集が欲しい」っていう意見もあって――わたしは欲しくないんですけど(笑)。デビュー当時の……何年前だろう? 6年前かな? そんなわたしの初々しいダンスなんて、見たくはないんですけど(笑)。でも、ここまで積み重ねてきたものがまとまってきているので、アルバムだったりMV集だったり、1枚の形として出せたらいいねっていう話をしています。MV集は阻止しますけど!――ウソです(笑)。
井口裕香『おなじ空の下で』インタビューはこちら
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取材・文=清水大輔