自死した友人の謎を追う書けない小説家の行く末は――? 「死」と「喪失」をテーマに描く鳥飼茜『サターンリターン』

マンガ

公開日:2019/7/21

『サターンリターン』(鳥飼茜/小学館)

 何かを失って心にぽっかり穴が空いてしまった時、すぐに前を向くのは難しい。喪失感を他のもので埋めようとするのは、どう考えても無理があるし、もしかしたら、一生倒れたまま起き上がれないのでは…と、悩み苦しんだ人はきっと少なくないと思う。人生は、見たくないものや知りたくない現実を、次々と突きつけられる過酷な旅でもある。自身が納得できる道を再び歩めるようになるまでは、時間をかけ、さまざまな心の葛藤と戦わなければならないのだ。

『先生の白い嘘』『地獄のガールフレンド』などでお馴染み、鳥飼茜さんの新作『サターンリターン』(小学館)は、そんな「喪失」をテーマに描かれるマンガだ。

 主人公は、5年前にデビュー作がヒットして以来、新作を書いていない半ばリタイア状態の小説家・加治理津子。彼女は「30歳になるまでに死ぬ」と断言していた仲の良い男友達・中島を死から引きとめるために「午睡の国」という小説を執筆した。そんなある日、中島が夢に現れ、理津子にこう問いかける。

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「加治、それほんとにお前の人生?」

 その瞬間、電話の着信で目覚めた理津子は、中島が30歳になる3日前、本当に自殺していたことを知るのだった――。

 本書は、「午睡の国」の登場人物「アオイ」のモデルになったと予想される、友人・中島の謎を理津子が追って行く構成になっているのだが、物語全体に、歪で、狂気じみた関係性や日常が描かれているのも印象深い。例えば、不倫の末、大手出版社を退職し、理津子と再婚した夫・史くんは、「りっちゃんをお母さんにするためのセックス」に固執する。排卵日を勝手に予測し、ネットでも不妊の情報を収集しているのだが、それに反して、理津子は黙ってピルを飲んでいる。また、何よりも恐怖を感じたのは、主人公の理津子自身の得体の知れなさだ。「疫病神」「関わった人間全員不幸になる」とも言われる彼女は、大阪で中島たち友人とつるんでいた頃の快活さや関西弁はすっかり影を潜め、憂いを帯びた顔で、夫に対してサラリと嘘を吐き、家族や友人とは距離を置いている。

 過去と現在が交互に描かれ、謎や伏線が多く、まだ全貌は見えてこないものの、日頃「意図して目を逸らしている」苦いものをありありと見せつけられる…胸をえぐられるような展開が、とても苦しいにもかかわらず、目が離せなくなった。

 物語は、理津子のさまざまな噂を意に介さない文芸編集者・小出と共に、中島の謎を明かすため、大阪へ2人で出向くまでが描かれている。深い喪失感を抱え、闇を彷徨っている登場人物たちの葛藤や、今の人生に納得できず、もがき苦しんでいる様子は、決して他人事だとは思えない切実さがある。一見、自分とは遠い存在のように思えた理津子が、読了後、自身と重なる面が多いことに気づいた時、本書の真の凄さに触れた気がした。今、絶望を抱えている全ての人に読んでほしいマンガである。

文=さゆ