ミーちゃん、異世界にお出掛けする。/『神猫ミーちゃんと猫用品召喚師の異世界奮闘記1』①

文芸・カルチャー

公開日:2019/7/24

神様の眷属ミーちゃんを助け、転生することになった青年ネロ。彼に懐いたミーちゃんと一緒に、異世界での生活を頑張ります! 鑑定スキルと料理の腕でギルド職人をしたり、商人になったり…異世界のんびりモフモフ生活!

『神猫ミーちゃんと猫用品召喚師の異世界奮闘記1』(にゃんたろう:著、岩崎美奈子:イラスト/KADOKAWA)

プロローグ

 俺の名前は根路連太。友人たちからはネロって呼ばれている。意味わかるよね? 言っておくけど暴君の方じゃないよ。ベルギーの悲しい童話の方のネロね。

 只今、予備校通いの浪人一年生。毎日の勉強に飽きて、絶賛サボって散歩中。両親は家庭内別居中で、俺のことはあまり関知していない。お金は出してくれているので、たいして気にはしていない。

 いつもの散歩コースの途中にある橋の上で、のんびり川の流れを眺めていると、俺はそれを見つけてしまった。

 川の真ん中辺りを、子猫が箱に入った状態で流されているのだ。誰があんなことをしたんだ。なんて酷いことしやがる。

 俺は自慢じゃないが猫アレルギーだ。猫は好きだが近寄れない。なのに、なぜそんな衝動に駆られたかわからないが、気付いたら水面まで五メートル以上もある橋の上から川へと飛び込んでいた。

 服が水を吸って重くなり、思うように泳げない。子猫が乗った箱が流されて行き、子猫の鳴き声だけがミーミーとはっきりと聞こえる。

 ヤバイ。このままだと俺が死ぬ……って、思ったら負けだ! 死んでたまるか、ぜってぇ子猫も助けて生きてやる! まだ、死ぬには早過ぎるでしょう! 何十メートルも流されたけど何とか子猫の箱を掴まえ、川岸を横切る水門の所にたどり着けた。

 息も絶え絶えに何とか這い上がる。ビショビショだ……。パンツ一丁になり服を絞る。水門の下なので、誰にも見られていないはず。子猫以外にはね。この子猫、さっきから綺麗なサファイアブルーの瞳でジッと俺を見つめている。さっきまであんなに鳴いていたのが不思議なくらいだ。不思議な子猫だね。

 濡れている服を我慢して着る。これも何かの縁だ、この子猫を一緒に連れて行こう。せっかく助けた命なのに、ここで別れて死なれたら寝覚めが悪い。里親探しくらいはしてやろう。可愛い白猫だからすぐに見つかると思う。

 子猫を抱え上げると、やっと「み〜」と鳴いた。大丈夫なようだね。水門から外に上がる階段を上っていると、子猫が肩の辺りまでよじ登ってきて、俺の顔をペロペロ舐め始めた。感謝の気持ちを伝えているのかな? 可愛い奴だよ。

 と思った矢先、くしゃみが出た拍子に階段から足を滑らせた……。

 視界が空一面になり激痛がはしる。何とか子猫を庇ったけど、俺の方はヤバイかも。

 そういえば俺、猫アレルギーだったよな……。

ミーちゃん、異世界にお出掛けする。

 何かザラザラしたものが頬を撫でている。なんだろう?

 目を開けて様子を窺うと、子猫が俺の顔を舐めていた。

 ん? 俺はあの後、どうなったんだ? それにここはどこ?

 起き上がって周りを見回すとなんとも牧歌的な風景。

「目が覚めたようですね」

 綺麗な女性が話し掛けてきた。ジーパンに白のTシャツというラフな格好をしているけど、とても良く似合っている。顔立ちは西洋人とも東洋人とも違う不思議な女性だ。

「フフフ……ありがとうございます」

「いえいえ、思ったことをそのまま言葉にしただけです」

 ん? 俺、喋っていたかな?

「フフフ……喋っていませんよ」

「え!? もしかして、俺の心が読めるとか? 妖怪覚か!?」

「心を読むのは得意中の得意です。ですが、勘違いしているようなので訂正しておきますね。私は妖怪ではなく地球の管理者の一人で、あなたたちは神様と呼ぶ者です」

「覚じゃなく……神様と仰るんですか。って、神様!」

「はい。神様です」

「その神様が俺に何のご用でしょうか?」

 神様、子猫を見ながら困ったような表情になった。

「驚かないで聞いてくださいね。あなたは足を滑らせ階段を落ちて、お亡くなりになられました」

「そうですか。お亡くなりになられたんですね。って、本気すっか!」

「残念ながら、本気です」

「じゃあ、なんで俺とこの子猫はここに居るんですか?」

 子猫がさっきからじゃれついてきている。とても可愛い子猫で触ると艶々、ムニュムニュで温かい。モフモフって感じではないけど、ついモフってしまう。

「あなたが助けたその子猫は、ミーちゃんといって私の眷属であり、私のペットでもあるのです」

「ミーちゃん、ペットなんですか……」

 神様が言うには、神様が目を離した隙に下界に遊びに行ってしまったらしい。

 子猫のミーちゃんは神様の眷属だけど、まだ小さく修行もしてないので大した力もないそうだ。しかし、されど神様の眷属、驚くなかれ不老不死なのだ。ってことは小さいままなのこの子猫?

 一生、一番可愛い盛りの姿のまま。御本猫はどう思っているかわからないけど神様が羨ましい。

「そこですか!? そこなんですか! そこじゃないと思いますけど……」

 何でしょう? 神様に何か突っ込まれているような気がする。

「いいですか、あなたが助けなくても、この子が死ぬことはなかったのです。多少は苦しんだでしょうが、自分で箱に入って流されたのですから自業自得なのです!」

「そうなの? お馬鹿さんだな。こいつ〜」

「み〜」

 ミーちゃんの額を指でちょこんと押してやると、子猫はテレた顔でお立ち姿になり、器用に腰をくねくねさせている。な、なんてあざとい可愛さ!

「あなた、思ったより大物なのかもしれませんね……死んだのですよ」

「いや〜それほどでも。よく諦めるのが早いって言われます」

「そ、そうですか。それは良かったです。そこで、不老不死とはいえ私のミーちゃんを助けてくれたことでお亡くなりになったのですから、今後のことをそれなりの融通を利かせようと思います。あなたにいくつかの選択肢を与えますので、選んでください」

 その選択肢とは、裕福な家に生まれ変われる。生まれは貧乏だけど才能に恵まれる。好きな動物に生まれ変われる。別の世界の裕福な家に生まれ変われるの、四つだった。

「正直、微妙ですね……」

 どの選択肢を選んでも、さほど嬉しくない。ちなみに元には戻れないと言われた。うーん、今一今二、そこで神様に相談してみた。

「記憶を持ったままで異世界に行きたい、ですか? 生まれ変わりじゃなくてですか?」

「結局、さっきの選択肢だと俺の人生はここで終わりですよね? それって寂し過ぎません? もっと人生を謳歌したいです」

 神様は悩んでいるようだ。でも結局あの選択肢では、今の俺にメリットがなにもないんだよ。生まれ変わった後のことなど、今の俺には関係ない。

「何とかできると思いますが、世界が限定されますよ」

「どんな世界ですか?」

「殺伐とした、弱肉強食の世界。まだ、色々な意味で未熟な世界ですね。いえ、未熟な世界になったと言うべきでしょうか……」

「未熟な世界ですか? 具体的にはどんな世界なんですか?」

「何と言えば理解して頂けるのでしょう……言ってみればお伽話に出てくる世界と言えば理解できるでしょうか?」

「ファンタジーってことですか?」

 小説やアニメで見たような憧れのファンタジー世界。誰でも一度は夢見る世界。

「正直、そんな生易しい世界じゃありませんよ。強くなければ町の外に出るのも命懸けです」

 むむっ。確かに平和ボケした日本人であり、体をほとんど鍛えていない俺……危険かも。

「でも強くなれるんですよね?」

「そうですね。心身共に鍛えればどうにかなります。実際にそういう方たちが大勢居ますので」

「今の俺がそこに行ったらどうなりますか?」

「町の外に出て、モンスターに出会えば間違いなく瞬殺?」

 モンスターに出会って瞬殺なんだ……。まあ、そんなものだろうね。今の俺なら。

「そこを何とか、手心を加えてもらうことはできませんか!」

「どういう意味ですか?」

「ちょっとばかり色を付けたりしてもらえると、すごく助かるかなぁ〜なんて?」

「強い状態で行きたいと?」

「そこまでは言いませんが、努力次第ではどうにかなるレベルにですねぇ……」

 子猫のミーちゃんは、俺の腕の中でスヤスヤ眠ってしまっている。そういえば、くしゃみが出ないな。死んだから猫アレルギーもなにもあったものじゃないのは、当たり前か。

「わかりました。向こうの世界の体に少しだけ、手心を加えましょう」

 おぉー、言ってみるもんだね。神様が言うには、向こうの世界は魂の器の大きさでその人の潜在能力が決まるらしく、どんなに努力して器に見合った能力しか得られないのだそうだ。

 ちなみに今の地球に居る人の魂の器は、人口が多くなり過ぎて小さくなっているとのこと。

「できました。あなたの努力で、強くなれる可能性を秘めた体に改造しました」

 改造なんですね……ちゃんとした人間ですよね?

「あのう、もう一つお願いが……」

「な、何でしょうか?」

 まだ何かあるのですか? って、顔してますが、俺は『注文の多い料理店』が好きなんです!

「行ってすぐに死ぬのもなんですから、最初に役に立つ能力とか貰えないでしょうか? それから、その世界、魔法とかあります?」

「うっ……それを言われると辛いですね。それから魔法という概念はありませんが、能力で同じようなことはできます」

 呪文を唱えたりする魔法はないけど、火のスキルを持っていると火を操れるようになる。操れるのであって、無から出せるわけではない。色々、制限があるようだね。

「それでどんな能力がいいですか? 器は大きくしましたが、育っていないので、たいした能力はあげられませんよ」

「どんな能力でもいいのですか?」

「その世界にある能力で、今の器に収まる物なら可能です。ですが世界に影響を与えるような能力は与えられません」

 ということは、そういう世界に影響を与えるような能力もあるってことだよね。興味がないと言ったら嘘になるけど、実際、俺がそんな力を持てたとして使いこなせる姿が思い浮かばない。ここは堅実に使い勝手の良い能力をもらった方が良いと考える。

「例えばですが、使い勝手のいいものを紹介はしてもらえますか?」

 神様は今付けられる能力を懇切丁寧に説明してくれた。

 その中で選んだ能力は五つ。鑑定スキル、マップスキル、身体強化スキル、運気上昇スキル、弓技スキルが良いと思った。

 鑑定があれば、わらしべ長者的に稼げて食いっぱぐれることはないと思うし、相手の強さも少しわかるらしいから、生き抜く為の最重要スキルだと思う。マップスキルは結構方向音痴なので必要とみた。戦闘スキルも必要になってくると思ったので弓技スキルを選んだ。接近戦なんて無理だから遠距離攻撃でいこうと思う。そして強い弓を引くのに身体強化は必須かなって思った。

 そして最後の一つが運気上昇。大学受験に失敗し子猫を助けたとはいえ死んでしまった俺が言うのも変だけど、頭は悪くない方だし要領だって良い方だ。なのにこのざま……根本的に俺に足りない物は運なんじゃないかと思ったわけだよ。

 この五つのスキル、完璧な布陣だと思わない?

 神様にこの五つのスキルをお願いしてみると、なかなかに良い選択だと褒めてくれた。

「これで良しっと。スキルは付けましたが、ちゃんと鍛えて熟練度を上げないと駄目ですからね」

「熟練度ですか?」

「スキルが鍛えられていない状態だと素人より少し良い程度ですが、鍛えて熟練度を上げれば名人級にもなれます」

「要するに鍛えなければ、宝の持ち腐れってことですね?」

「そういうことです」

 ゲームなんかのレベルだと思えば良いわけだ。鑑定スキルでその辺わかるのかな? ガンガン鍛えていけばいつかは神級なんてね。夢があるねぇ。

「頑張って鍛えます! ちなみに、向こうに行ったら会話に読み書きはできるのでしょうか?」

「共通語は習得済みにしてあります。それから二、三か月は生活できるお金や道具も用意してバッグに入れておきます。特別に向こうの世界で暮らす為のハウツーブックもお付けしますね」

 何から何まで、ありがたいことです。

「それでは心の準備はよろしいですか?」

 名残惜しいけど、寝ている子猫のミーちゃんを神様に渡した。

「よろしくお願いします」

「あなたの人生の旅路に幸が多いことをお祈りします」

 あぁ、ミーちゃん可愛かったなぁ、もう会えないと思うと寂しいね。そんなことを考えていたら、意識が遠のいていった……。

 

 ふと目が覚めると、どこかの路地裏の家の陰だった。

 てっきり、どこかの草原のど真ん中で目覚めると思っていたけど、ちゃんと町に送ってくれたらしい。本当に良い神様だったね。感謝してもしきれない。

「み〜」

 ん? どこからか、神様のペットである子猫のミーちゃんの鳴き声が聞こえたような……空耳かな? って思っていたら、肩から下げていたバッグがモゾモゾしている。あらやだ、怖い。

「み〜み〜」

 どうやらバッグの中から鳴き声がするようだ。開けてみるか。

「み〜!」

 はい。ミーちゃんですね。なんでここに居るのかな? また、勝手に出てきちゃったの? ちゃんと帰れる?

「みぃ……」

 おふぅ……怒ってないよ。悲しそうな顔を向けてくるので、抱きあげてなでなでしてあげる。

「み〜」

 ミーちゃんは嬉しそうに頭をスリスリさせてくる。可愛いなぁ。

 あれ? そう言えばくしゃみが出ない。神様、猫アレルギーも治してくれたらしい。

<第2回に続く>

著者プロフィール:にゃんたろう 『神猫ミーちゃんと猫用品召喚師の異世界奮闘記』で、2018年カクヨムで実施された「第3回カクヨムWeb小説コンテスト」異世界ファンタジー部門特別賞を受賞