矢部太郎「ユートピア漫画にはしたくなかった」『大家さんと僕 これから』を読んだ後に読むインタビュー

マンガ

更新日:2019/8/3

 ベストセラーとなった漫画の続編『大家さんと僕 これから』(新潮社)を上梓した矢部太郎さん。当初は予想もしていなかった大家さんとの別れをどう描くか、いろいろと悩んだそうです。インタビュー中は大家さんへの思いが溢れて涙したり、芸人らしく笑いを取りに行ったりと、終始「怒」だけがない「喜哀楽」な雰囲気で進行しました。なお、こちらのインタビューはストーリーの重要な部分に触れているので、『大家さんと僕 これから』を読んだ後にお読みください。

『大家さんと僕 これから』を読む前に読む 矢部太郎さんインタビュー(1)はこちら

『大家さんと僕 これから』(矢部太郎/新潮社)

■大家さんとの別れのシーン

――まさか連載中に、大家さんがお亡くなりになるとは思っていなかったわけですよね。

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矢部 はい。連載する前に、最初は大家さんがお元気な明るい話、途中からは入院する話にしようと構成を決めたんです。だから全然……

■ユートピア漫画にはしたくない

――ベストセラーの続刊ということで、描いているときプレッシャーはなかったんですか?

矢部 構成を決めてその通りに描いていたので、プレッシャーはあんまりなかったんですけど、この連載は前作とちょっと違うものになるから、続きを読みたいと言ってくれている人になんか申し訳ないというか、期待通りのものじゃないかなと……

――それは「大家さんとの別れ」が描かれるから、ということだからでしょうか?

矢部 そうですね、そして全体的に暗いですし。1冊目のような空気感のものを何十巻も出すことも考えられるとは思うんです。『サザエさん』とか『ちびまる子ちゃん』みたいに……

編集T でも連載を始める前に、矢部さんは「時間が動かない世界を描く『ユートピア漫画』にはしたくない」ときっぱりおっしゃったんです。

矢部 そもそも、長く続く連続ものを描く才能が僕にあると思わないから……でもそれはもしかしたら、描いているときに一番感じたプレッシャーかもしれないですね。せっかく『大家さんと僕』が好きだと言ってくれている人がいるのに、それを聞いて、家に帰ってから描いているものは全然違うものだから、なんかどうしよう、っていう気持ちはありました。だからといって、変えたりもできないですし……難しいですよね。

■季節は巡り、出来事も漫画も巡る

――『大家さんと僕』と『大家さんと僕 これから』を読み比べると、漫画の構成が繰り返していますよね。単行本の最初のページの入り方はほぼ同じで、1冊目の最初のエピソードが「おかえりなさい」、2冊目の最終回前にも「おかえりなさい」というタイトルがあって、どちらにも「おかえりなさい」というセリフがあります。

矢部 この部屋に住んでいるとき、毎年同じことを大家さんとしてた気がして。季節のことをしたり、行事ごととか、旬のものを食べたりとか、回ってる感じがして、そういう感じにしたかったんですよね。

――季節が巡る話は『「大家さんと僕」と僕』冒頭の描き下ろし漫画にも描かれてますよね。この部屋にはどのくらい住んでいたんですか?

矢部 10年いかないくらい、9年目くらいですかね。

■「それから」と「これから」と「記憶」

――「2巻」ではなく、タイトルを「これから」にしたのはどんな思いがあったのでしょう?

矢部 最初、この本のタイトルはシンプルに「それから」にしたかったんです。夏目漱石の『それから』は、すごく良いタイトルだなと思って、もう結構前の本だからいいんじゃないかな、と思ったんですけど……ダメだって言われて。「2巻」じゃないのは、次に「3」がありそうになるので、これもやめました。あ、『矢部太郎のそれから』だったら良かったんですかね?

――いやいや、ベストセラーとなった『大家さんと僕』の名前は必ず入れないと、出版社としてはOKを出さないでしょうねぇ……(笑)。

矢部 僕ももちろん「それから」は異論があるだろうな、というのはわかってて(笑)。もうひとつ考えていたのが「これから」だったんです。漫画にも「これから」というセリフを入れているので。ちなみに大家さんからいろいろと聞いたお話を盛り込んだので、『大家さんと記憶』というタイトルも提案したんですけど……結構すぐに却下されました。

――でしょうねぇ(笑)。でも大家さんはいつも矢部さんに「覚えてて」と、記憶のバトンを渡すようなお話をなさっていたんですよね。

矢部 はい。大家さんから聞いた面白い話、聞いて良かったなということは全部描けたので、良かったなと思っています。

取材・文=成田全(ナリタタモツ)撮影=花村謙太朗

矢部太郎(ヤベ・タロウ)
1977年東京都生まれ。97年に「カラテカ」を結成(ボケ担当)。また個性派俳優としてドラマや映画、舞台でも活躍している。気象予報士の資格を持つ。父親は絵本作家のやべみつのり。漫画家デビュー作『大家さんと僕』が、第22回手塚治虫文化賞短編賞を受賞。お笑い芸人としては初の受賞となる。